食事中の災厄
本編です。勘の悪い大人は嫌いだよ!
「君、これからどうするんだね」オムレツを一口飲み下してからイルマは口を開いた。白ご飯に伸びていたユングのスプーンが止まる。食べながらでいいのに。「やっぱり魔界に帰るのかね?」
「ここにいますけど、何がやっぱりなんですか?」
やっぱり、やっぱりわかってなかったか。苦虫の代わりにあさりを嚙み潰した。おいしかった。でも今はそれじゃない。
「バレてるよ。君が王家なのが」
簡潔かつ的確に状況を示したと思うのだが、ユングは凍り付いた。処理落ちでもしたみたいだ。ならそのうち戻ってくるだろうと食事を再開する。
片栗粉のとろみが肉や魚介のうまみを逃がさないため薄めの味付けでもご飯によく合う。半分近く食べ進んだところで顔を上げた。脳裏に犬の唸り声が再生される。
「やだな、睨むなよ」
水を少し飲み込む。あいつの目、変な光り方してるな。次に何をするかわからない目だ。表情も。何かを押し隠している。おおよそ同居人と昼食をとろうって時の顔じゃない。警戒、警戒。
「私が教えたとでも思ってるのかい」スウェットのままの肩がぴくっと震えた。オムレツにケチャップをかけて味に変化をつける。「……でもなさそうだね。よくわかんないな、君は」
また一口、今度は貝柱が入っていた。ホタテとかではない、何か安い奴だ。
正直ユングのことはよくわからない。出自、王家は秘密にしておきたいんだろう。が、秘密といいながら隠すでなし。隠していないわけではないのかもしれないが、やり方が雑だ。
功名心、らしいといえばらしい傲岸さ、どれも隠しきれていない。実存に対してもそうだ。話を聞きたいって?親類だし何らかの興味を抱いているのは確かだが、それにしてもユングと師は方向性が違いすぎるだろう。
師は頭のネジが数本ぶっ飛んでいたからどう反応するか未知数な上死んでいるから考える必要もない。が、彼の生前の行動を見るに誇りが堆く積もっていそうなユングから見ると愛か憎かでいうと憎が勝りそうだ。たぶん相容れない。
でもそもそもこっちに出てきた理由がししょーに会うためっぽいんだよなー……。
ああ、卵とろふわ。
ちなみに、食事はいつも事務所部分のテーブルで摂っている。まれに食事中に飛び込んでくる客がいて気まずい空気に包まれる。いつかシャレオツなカフェを参考に『お昼休み中』なんて立札を立ててみようとは思っているが結局果たせていない。
なお、今まさに来た場合全力で口封じが必要になるかもしれない。大丈夫、口封じといっても口のない状態にするだけだから懐冷え込まなーい。
「……どうして」
矛盾の塊がやっとこさ口を開いた。
「さあね。私も気づかなかったけど監視がついてたんじゃない?春の時点で怪しまれてたんだよ君」
出てくる前にさ、杖燃やしといたらよかったよねと唇についたケチャップを舐めとる。
はいここが雑ポイント。持ち物から足がつきます。性能も悪いというか癖が強すぎる杖なのだし買い替えてしまえばよかったではないか。なーんで証拠品処分しないかなあ。うん?自分のことに置き換えろって?
血染めの杖なんざシュレッダーにかけたのちお焚き上げだぜベイベー!ヒャッハー!
「そう、ですね。よく考えたらそう……なんですけどね」おっ、変な底光りが消えた。「何でバレてるのがわかるんですか?」
そこからか。ししょーを差し置いて正統を名乗るプリンスのあまりのポンコツさにため息が出た。これの祖先が代々王だったのか?だから最後に滅亡したということなのだろうが、よく建国して維持できたな。
「公務員になった場合の二つ名さ。元型の魔導師……一体、『何の』元型だろうねぇ?あれはらっさんなりの誘い水だよ。さしずめ『おいらはお前が何か知っていて、活用することもできる』『王家として表舞台に立つ気はないか』ってとこかね」
「らっさん……?」
「不死身のラスプーチンの愛称さ。長いからねえ、通信中に『オイコラらっさん!』ってどっかの公務員が叫んだのが最初とかなんとか……ってそんなことはどうでもいいんだよ」
ユングはばたばたと居住まいを正した。オムレツ冷めるよと指摘したら口にオムレツを詰め込んで大急ぎで咀嚼して水で流し込んだ。忙しい奴だ。
「はいっ、はい!何でしょうか!?」
「問題はこの先の君の身の振り方だよ。どうすんのさ。らっさんの真意を知ってどーォするんだいィ?公務員になるわけ?それとも魔界に帰るんかい、ええ」
魔界だけに帰るんかいなんつって、とぼけたつもりなのだが、相手は真剣な顔で聞いている。うつむいて黙り込んでしまった。なんつってが言えないじゃん。気まずいなあ。