昼食前の受難
分かり合えない人々です。本編です。
カミュが帰った後、現実逃避として青福のパッケージをべこべこと折りたたんでみる。発散になどならない。いや、発散するものなどないのだ。ないから問題なのだ。
なんとなくつけたテレビのチャンネルでは仲の悪い隣国の片割れフェルナが首脳会談を前にしてまた核か何かの実験をやっていた。またかお前。またか。
会談相手のボルキイの偉い人が眉毛をものすごい形にして非難している。やれやれこの隣人にも困ったものだ。
ああ、いっそと思う。
フェルナよ、核は持ってりゃ嬉しいコレクションじゃないってどっかの天使さんも言ってるぞ。その瀬戸際外交に使ってる核ミサイルをとっととどっかの街に落としてくださいよ。もちろんうち以外で。したら、戦争になるから特需でなんぼかマシだろうに。
実現したら困るけどもやもや考えながらとりあえず米でも研ぐ。炊く。お昼まではまだ時間がある気もするのだが別にいいじゃんそんなこと。
「先生、お昼まだです?お腹すきました」
やっと着替えた助手の一言で我に返った。時計を見れば確かにお昼時。一日の半分。仕事はないしとくに何もなせず今日も終わっていく。ちくしょう。キッチンに立った。冷蔵庫の中身は無駄に充実している。
「何がいいのさ」
「何でもいいですよー」
表情筋が全体に収縮した。のほほんとした助手が幼いころの自分に重なる。
質問に曖昧な答えを返すな馬鹿め。大学の入試でよくわかりませんって答えたら即落ちなの知らないのか。
お前はその返答によって気を使ったつもりかもしれんが気遣いになってないぞ。毎日のメニューを考えねばならないのははっきり言って苦痛だ。わからんのか。助ける気もないのか。食事を『作っていただいている』身分で?
あといい加減自分が使った後の食器ぐらい自分で洗え。それかせめて溜まってるのに気づいたとき食洗機に入れろ。
うん、ししょー。あなたの気持ち今ならわかる。でもねししょー、一ついいかな。あなた大学行ってないよね?何でそれ引き合いに出したの?
「じゃオムレツでいいかな」
「オムレツですかぁ……」
イルマは卵をひとつこんこんとまな板に打ち付け、ボウルの上にあけたあとだった。熱したフライパンにゴマ油をひき、じろりとユングを見上げる。
「嫌かい。私、もう卵割ったんだけど」
言いながら野菜室の玉ねぎ半球をざくざくと切り、猫の手でニンジンを刻んだ。期限の近いワームサラマンダー合い挽きミンチを野菜とともに深めのフライパンに放り込み、木べらで炒めていく。具が少ないかな。
冷凍シーフードミックスを少々放り込んだ。玉ねぎが透き通り、イカが花開き、いいにおいがしてきた。これは自分の中で許せる雰囲気だ。
何か今日の先生、険がある。ユングはざっと自分の行いを見返して、特に思い当たる節がなかったので曖昧に笑みを浮かべた。炊飯器が電子音でご飯の炊きあがりを知らせた。
「いえ別に、そういうわけではないんですけど」
「ふーん。……あ、換気扇回さなきゃ。うっかり回すの忘れちゃうんだ」
油じみた紐をひくとぶうんと換気扇が回りだした。ガス中毒とかあるからね、危ないね。
塩コショウを振ってなじませる。二人分だから卵は三つ。牛乳を加えてとく。マヨネーズをちょっと入れるのがポイント。これを半量熱しておいた薄めのフライパンで広げる。
さておおむね火の通った具のほうは片栗粉を少々水で溶いたものを入れて弱火にし、とろみをつける。大体半分をもう一つのフライパンの卵の上に置いて、卵を真中へ引っ張ってきて閉じる。
フライ返しでひっくり返して綴じ目を少し焼いたら出来上がり。もう一度ひっくり返して皿の上でフライパンをくるりんぱする。うーむ上出来。
もう一つ作る。ぼんやりしているユングにひとつ押し付けて炊き立てご飯を皿の余白部分にごそっと盛る。余白と料理のバランスが美しい?知らんそんなもん。付け合わせの野菜?オムレツに野菜入れたじゃん。
この一つのお皿の上で半熟オムレツを崩しながら、ご飯を食べながら、残ったご飯粒がオムレツの液体部分と一緒になってるのも楽しむんだ。そしたらスプーンしかいらないしエコエコ。
「ご飯は洗い物が少なくて済むようにお皿に一緒に入れてね」
「は、はーい」
ユングのほうではまだイルマの機嫌のことが引っ掛かっていた。
(何かしたっけ僕。何もしてないと思うけど……とするとどうして先生はご機嫌斜めなんだ?)
何かをしたのではない、何もしなかったのだ。それと、イルマはもう怒りをどこか遠くへ置き去りにしている。むしろおいしそうなオムレツができたことでかえって機嫌がいい。
しかしユングにはそれがわからない。空腹のためとりあえずご飯を皿に入れてテーブルにつき、いただきますと手を合わせて食事を始める。
閃いた。
(生理……か!)
違う。