Feed it 3
たまに入るナンバリング題名、なんと3です。
「残念だな。……でもよ、気が変わったらいつでも言ってくれ。今な、白魔法使い俺だけだから肩身が狭いんだよ」
は?今何て?カミュが最後何を言ったかわからなかった。バタバタと手を振る。
「わ、わんもあ。わんもあたいむ、ぷりーず!」
突然のボルキイ語に分厚い唇をめくれ上がらせてカミュは文句を垂れた。
「何だよ。コルヌタ語喋れよ。俺ができる外国語はダナ語と古代南東フィリフェル語と魔界エルフ語だけだぞ」
何一つ現代社会で役に立たないじゃん。イルマはくらっとした。ユングも驚くような笑うような怒るような不思議な表情を浮かべている。
ダナというのはコルヌタの隣国だ。南にある。南北問題を端的に表すかのように後進的で貧しい国であり、国土面積は小国と呼ばれるコルヌタよりさらに小さい。三つのお隣さんの中で唯一仲良くしている(できている)国である。
そこだけを見ればカミュが学んでいてもおかしくないように感じるだろう。ところが最近、ダナの人々はなぜか日常会話にコルヌタ語やフィリフェル語を使うようになってきている。
アルファベットが並ぶフィリフェル語はともかく漢字とカタカナとひらがなをこき交ぜて使うコルヌタ語をだ。まさかとは思うが簡便で使いやすいのだろうか?
それとも、そうでもしないとほぼ魔界な隣国にパツ金人間兵器を送り込まれて焦土にされるとでも思っているのだろうか。だとしたら謝ってこさせたいところである。
またフィリフェルは神聖大陸にありながら古くからの同盟国だと前にも書いたが、古代語である。誰が使うんだ。
しかも南東部はかつて別の国で、また別な文化があり言語があった。滅んだ国の言葉をわざわざ学んだようなものではないか。
エルフに至っては大昔に絶滅している。むしろ伝わっていたのが不思議なくらいだ。
カミュが試験を受けたのもまあまあ昔だろうし、一応一国の母語であるダナ語はまだいい。しかしあと二つ。あと二つはどうした。
実用古代南東フィリフェル語検定や実用魔界エルフ語検定なんてものがあるのか。作ったやつ誰だ。まったく実用的じゃないぞその実用技能検定。
しかしこれでも肝心の疑問を突けていない。
「カミュさんって白魔法使いなの?」
「おう。付加術師だ。言わなかったっけ?」
「聞いてないよ。初耳だよ」
しかも公務員はマントがみんな同じグレーだから外から見てわからない。だったら何だと思ってたんだと言われたら返答に困るが少なくとも白とは思わなかった。全体的に黒のイメージがある上に直死魔法を使うのだ。
「ほらほら、俺って使う魔法が『発動した!相手は死ぬ!』じゃん?戦争でも始まってくれなきゃ研究も進めようがねーの。といって攻性魔法は好きじゃねーし」
わかりやすいが何かが腑に落ちない説明だった。しかし納得せねばなるまい。納得するんだ、私。
「……つまり、『死』という状態を付加しているわけだね」
口に出すことで無理やり自分を納得させた。カミュは「お?そうなのかも」とか言っている。直死、本当に何にもわかっていないんだな。
戦争でも起きないと研究できないのは確かに痛いが、歴史を振り返ってみると世界大戦は三度、国境付近の小競り合いや内紛など滑り込めるところはあったと思う。つまり……しかしイルマは考えるのをやめた。
考えたところで使えないし使えるようになるのもごめんだ。ユングが何回死ぬかわからない。それに鬱だ死のう状態になったとき言葉を発したらどうなってしまうんだ。
うん、話題を変えよう。
「ところでさ、今日はお仕事は持ってきてないわけ?帰ってきてからまるで仕事がないんだけど」
「おいおい、大人をからかうなよ。イルちゃんはあれだぜ?悪霊滅して生きて帰ってきたんだぜ?二つ名だってあるんだぜ?仕事がないわけないだろ」
確かにその通りだ。しかし、仕事がないのだ。柄にもなく真面目に説明した。そんなことってあるのかよとか言いつつやっと信じてくれたらしい。物わかりのいい大人は嫌いじゃないよ。指折り数えていく。
「暴力団は追放されたし」
昔はいたらしいが、今は出て行った後だ。町の人は特に運動を起こしていない。組が目をつけケンカを売ったどっかの誰かに組員があらかたあらびきにされたとかなんとか。難儀だなあ。
「ちっさい工場は何個かあるけど大企業とかないし」
競争らしい競争もしていない。つまり会社同士のスパイ合戦やセキュリティもほとんど無用の長物なのだ。
中小企業の街といえば何かすごいことやってる風だがこの辺り、というかトトナ区にある中小企業は正真正銘『規模の小さい会社』である。冒険してない。下町じゃないしロケットは飛ばない。おそらく大企業に食われる五秒前くらいだ。
「コンビニの万引きは魔族系のお兄さんが来てからほぼ撲滅されたしもともと一軒しかないし」
海の家にも居た彼は見た目が怖いのと魔族ゆえの動体視力により万引きGメンのようなものと化しているらしい。いい加減正社員にしてあげてもいいと思う。一度、もう一軒同じ会社のコンビニが建ったがあまりに客が来なさ過ぎて閉めたようだ。
さびれている。自分でも気がふさいでイルマは大きくため息をついた。
「平和なのも考え物さ」
「なるほど……次は持ってくるわ。あまりに仕事なかったら新聞に折り込みいれてもらえよ」
「……うん」
単に大人のアドバイスに頷いただけなのに何だか空しかった。ししょーは子育てにはいい街を選んだが仕事にはいい街を選ばなかったのか。もともと独居病人のくせに……。