ノーフューチャー 2
いきなりイラストが白黒だったのはなんてことありません。単に色塗りが苦手なんです。目下試行錯誤しております。
ひとたび頼れる仲間を手に入れればカミュの行動は早い。ショックから回復した東郷、まだ髪があった頃のメンゲレ、諸悪の根源ラスプーチンをさらに引き入れた。
つまり甲種魔導師のほぼ全員とフィジカルバカがキモオタに立ち向かうことになったのである。夕方までには何度か死にかけつつもさすがに実存を引きずり出すことに成功した。
そうはいっても、どうやら実存は部屋を壊したくなかったようでほとんど魔法を使わなかったから、使っていたらどうなったかわからないのがつらい。
まずはこのお化け屋敷である。本人は片づけないだろう。あのキモオタのことだ、最初はまあまあまじめに動いていたとしてもやがてエロゲを見つけて抜き出すに決まっている。そしてまた籠城される。
敵は無駄に優秀だ。同じ手は二度通じない。別の手を思いつけるかどうかわからない。ここに戻すのはよくなかろう。だからそれ以外が片付けなくてはならないわけだが、頼れるはずの仲間たちはエメト以外全員、もちろんカミュもすぐに心折れた。
どんなに片づけても散らかすときは一瞬なのだ。つまり、逆もしかり。とうとう業者を呼んで片付けという名のゴミ出しと特殊清掃をしてもらうこととなった。執着を断ち切る意味であの部屋にあったものはすべて廃棄になったが、これはカミュにとってもつらい出来事だった。
「お、俺の……俺のドラマCDコレクションが!コミックスが!DVDッ……俺唯一の受賞プラモ!積んプラに機材までもんがぁああああ!うわあああああ!」
数々の思い出が廃棄物として運び出されていく。メンゲレがため息交じりにこちらを振り向く。動き回った汗と冷や汗が混ざったもので残り少ない髪の毛が頭皮に貼りついている。
「いいじゃないか、たかがCDだろ。また買えばいい」
「違うんだよぉ!それ……それはさあ!限定版でさあ!こう、人の頭の形したマイクに向けてさぁ!声優さんが声吹き込んでくれてるからさぁッ……」熱い涙が頬を伝う。ぐりぐりと袖で拭った。
「い……イヤホン!イヤホンで聴いたらすっごい耳がッ!幸せにッ!なるんだよッ!ちょっこら粗末に扱うなっ!俺その声優さんのイベント行きたくってさあ!おんなじの33枚も買ってさあ!当たったの7枚目だったけどさあ!チケット手に入れたんだよ!幸せだったんだよ!」
百貫デブがあきれ切った顔をして正面のゴミの山と戦士たちに向き直った。やり場のない憤りと悲しみが背に重たくのしかかる。
次はラスプーチンだった。今日は中年だ。おそらく、『魔導師の円熟期』と呼ばれる35歳なのだろう。
「おいらのせいなんだから、漫画も人形も機材もちゃんと弁償するよ。そう落ち込まないで」
「わがってねぇ……!あんた全然わかってねえよ!プラモってのはなぁ……!その大きさは!『物質』に留まらねえんだよ!作る楽しみがある!もちろん主役機エース機量産機とそれぞれの個性がある!フォルム優先のために関節オミットしてないやつは可動する!たまには受賞する!でもよう……それだけじゃねえんだっ。
「キットを手に入れた時も!積んで、『いつか組み立ててやるぞ』って思ってる時!作ってる時の高揚!改造を施すときのドキドキ感!時間を割いて『作った』という事実!達成感!それを友達に見せた時のセリフ!俺の思いがすべてそいつに乗ってるんだ!
「機材だって同じだ!ホビー誌で見かけたときの期待!手に入れた時の嬉しさ!使ってみた時の……うわああああプラバンが切れる鋏がぁあああああ!持ち手の樹脂と刃の金属に分解されてるううううう!……ハァッ……ハァッ……うぅ……さらに!数々のプラモを組み立てた思い出が詰まってるんだ!」
「……そうかい」
魂の叫びを聞いてもやはり、生ける伝説の緑の目にはカミュの思い出がプラゴミにしか見えなかった。ようわからんが、うん、また作っていただこう。
「その返事は絶対わがっでないーッ!」カミュは山も動けとばかり叫んだ。びっくりするほどオレンジに染まる夕空に唾液と涙が飛び散った。東郷が嫌そうに半歩下がり口をゆがめて耳をふさいだ。エメトがおろおろと視線を泳がせている。
「いいか!コミックスはなぁ!人生の教科書なのはもちろんだがッ!そこにあるのは『でらっくすアヌメストア』の限定表紙と通常表紙のセットだ!今もう絶版のやつもあるッ……!DVDだって!あれだってなあ!声優さんの握手会兼サイン会に持ってってさあ!直筆でサイン書いてもらったんだぜッ!?……何でだ!何でお前らはそんなに粗末に扱えるんだよぉおおおおお!」
泣き叫ぶカミュの肩を誰かが優しく叩いた。
「おぬしの気持ち、わかるでござるよ……」
「誰のせいだこの糞キモオタ!」
垢じみて汚れてはいるが美しいその頬にまともに振り向きざまのアッパーカットが入った。「あべし」などと言っているのがますます神経を逆なでする。地面に倒れた実存に馬乗りになりさらに殴る。
「いいか!お前みてーな!奴がいるからっ!俺たち善良なアニメオタクがッ!一緒くたにされて!謂れなき迫害を受けるんだ!」
消えろこの背徳者め!これは一昨年ウシュバハラで職質受けた友人Aのぶん!これはニンバホシでDQNに絡まれた友人Bのぶんだ!あとこれはクレームが入って放送中止になった萌えアニメのぶん!
いくらか関係のないものも混じってきたような気がしたが、とにかく殴った。両のこぶしの皮が剥けて血がにじんだ。
「も、もうその辺にしとこ!ね!」おろおろしたまま、エメトがカミュの襟首をつかんで持ち上げた。
このころのカミュはまだ痩せぎすで筋肉などはあまりなかったが、背丈がある。自分より背の高い成人男性をおろおろしながら片手で持ち上げるとはいったいどういうことなのか、不思議だ。
「十分反省したと思うから!それに、まだこの後があるだろ?」
そうだった。実存更生計画はまだ始まったばかりなのだった。ボコボコにした後の実存を歩かせ、風呂へ押し込む。その汚い顔面を洗い流してきやがれ。
ダサいTシャツは処分し、エメトのおさがりの普段着を着せておく。なぜかシャツインスタイルは譲らなかった。それなりにワイルドな感じになってしまった顔面は回復魔法。念入りに歯磨き。さらにあのヘアバンドは止して毛先を整えて完成だ。
「すごい……」出来上がりを見て東郷が息をのんだ。「金髪イケメンみたい……」
実存は無駄に爽やかに微笑んだ。なぜか外さなかったブルーライトカットメガネがきらりと光る。唯一のアイデンティティなのだろうか。
「おぬし、妙なことを申すな。心配しなくとも拙者もともとハードは金髪イケメンにござるよ」
「実存さん……」
なんだかロマンチックな空気が漂った。同じセリフでもキモオタが言うのと金髪イケメンが言うのとでは印象が異なる。残念だが当然だ。しかし、忘れてはならない。人格は変わらずキモオタのままであるということを。
「しかし拙者無理でござる!二次元の母性たっぷり巨乳美女にしかモテたくないでござる!おぬしは正直……フヒッ、次元的にも見た目的にもないわー、でござる。バブみを感じるどころかオギャることすら不可能にござる!東郷どの、リリース!」
東郷が泣き崩れた。うん、残念だな。でも当然だな。中身変わってないもんな。次人格変わったらアタックしてみ。人格変わっちまうからあと腐れもねえぞ。次当たりまともなのにするから。あ、どんな人格入れるか君の意見も聞こうか?
みんなで慰めたのに東郷は泣くばかりだ。なぜだろう。まあ何にせよこの後も実存更生計画は続く、こんな些事にはかかずらっていられない。
次はクチャラーの矯正だ。こちらは矯正も何もキモオタということでわざとやっていただけらしい。意味の分からない上に腹立つこだわりだ。舌を噛んで失血死したらいいのに。
そしてとうとうキモオタはオタ臭いイケメンに変貌した。ばんざい!
などと平和な終わり方をするわけがなかった。当たり前である。数々の矯正を加えオタ臭いだけのイケメンに変貌させたところで人格そのものが崩壊したのだ。「趣味はほどほどにござるなあ」とか言って消えていった。
時間にして四日。なぜなのかまったくわからないが、人騒がせにもほどがある。放っておけばよかった。
次にやってきたのは真面目な好青年だった。