レガシィ
冬は寒いですね。家から出たくなくなります。夏の暑さが恋しくはないです。あれはあれで外に出られないです。春は花粉症なものでつらいです。秋は季節の変わり目で体調を崩しがちです。
いつなら外に出られるんだ?というより、いっそ外国に移住したらどうかってくらい日本の気候があってないようですね。
さてさて久しぶりに長々と喋ったところで、本編です。
早速、さっきの回想を隣にのっそり腰を下ろしたユングに話し始める。太鼓が叩けない魔導師。底抜けにポジティブな青年会のおっさん。最終的に一昨年まで叩いていたおじいちゃんを引っ張り出したこと。
「何でもできるわけじゃなかったんですね、実存って」
「そりゃねぇ。器用だから人よりできることは多かったと思うけど、一応ヒトだから。できることとできないことがあったさ……そうそう、ししょーは結局おじいちゃんに自分で話をつけに行って、連れてきたんだけどね。そしたらおじさん何て言ったと思う?」
今でも一つ一つがあざやかに浮かぶ、愛しい思い出を誰かと共有できるのはなんだか嬉しい。
「さあ?でもろくなこと言ってないってことはわかりますよ」
「だね。『戦争を一人で終わらせた奴がおじいちゃんに負けて悔しくないのか?』だって。ししょーは『堅気の仕事して、今引退して、孫もいるおじいちゃんのほうが偉いに決まってるだろうが馬鹿者』って珍しく怒ってたっけ……」
師はきっと、ただの決戦兵器に終始した自分を誇れなかったのだろう。
その存在がなければ死者はもっと増えたに違いないとか、コルヌタは植民地――でもないけど、似たようなものにされたかもしれないだとか。
また原爆が使われて人類が滅亡したかもしれないとか、魔界が介入してさらにかき回されることになったかもしれないだとか、そんなこと師にはまるで意味のない机上の空論だった。そもそもそんなことを考えて行動したわけではない。
彼を洗脳して操った人だってそうだったろう。どっちにしても、彼にとっての真実は『自分が殺人マシンだということ』に尽きる。そこに誇りなどなかった。
「人間界だとそうなんですか?魔界だったら間違いなく実存の方が偉いですよ。……ところで、そもそもどうして青年会が大変なことになっちゃったんですかぁ?」
「それがねえ、当時中高生の珍走団がひったくり集団に化けてさ。ししょーが追っかけ回してたんだけど、見つけたらちょうどそこに青年会の皆さんがいたんだ」
パトロール中に珍走団が溜まってるの発見して注意しようとしたんだって。懐かしそうに話すイルマの隣で、ユングは嫌な予感に身を震わせた。
「ひょっとして……」
「うん、ししょーったら見分けつかないもんだからいっしょに病院送りにしちゃったんだ。自業自得だよね」
「原因でしたか」
相槌を打ちながらユングは少し違うことを考えていた。そもそも、彼は自分では実存になど興味はないつもりである。血が繋がっていようが顔が似ていようが、会ったことはない。
他人同然だ。それどころか端くれとはいえ王家でありながら愚民どもにいいように利用されて挙句死んだ愚か者だ。何の意味もなかったようなものである実存の生涯を、最後辺りのほんの一部を知って何になるというのか、と。
ユングが考えているのは、今目の前にいて言葉を交わしているイルマのことである。料理はおいしいし一緒に生活しているしめっぽう強い。性癖の問題で主にいじめられたいが少しからかってみたい気もする。
年が近いこともあって妹がいたらこんな感じだろうと思うこともある。弟や兄や姉の時もあるが。タイプじゃないからまず恋愛対象ではないが、かわいいとは思っている。家族だ友達だというのは少し違うが、少なくとも会ったこともない『鳩子』と比べれば心理的にずっと近い。
今の問題はこれ。イルマだ。自分の体は容赦なく犠牲にするし助けられない他人は容赦なく見捨ててケロッとしているし、サイコ寄りなのは間違いない。こっそり気にしているなんて殊勝な人格でもない。
そしておそらく『そういうものだ』と自覚しているのだろう。しかしエメトのように周囲を見下すわけでもない。それなりに尊重している。倫理は良心的でないにせよ理解してあちこちに適用している。
それに何より、近しい者の死を悲しんでみせた。悲しんでみせたと言うと少しわざとらしいだろうか?演技には見えなかった。悲しんで、それに自分で気づいていなかった。
師のことを、自分の全部だと言ったか。実の親についてはひどく無味乾燥な反応を見せているが、親代わりをしていた実存に向けているのは色々不純物が混じるとはいえ、……愛情だと思われる。それだけではない。
実存が生前に親交を持っていたカミュに対しても、親しみというか、愛着のようなものを感じているようだ。サイコの割にずいぶん人間らしい情緒を持っている。
イルマがそのように感じたり人のことを考えたりできるのは、実存がそう教えたのだろうと何となく予測はつく。元からできるのなら両親に対しても多少の愛着や、憎悪すら抱いてもおかしくないが、そうではないからだ。
彼女自身も意識の奥底でそれを『感じ取って』いるのではないだろうか。だからこそ、『ししょーは私の全部だった』のだ。
しかし、どうしてもわからない。
「太鼓叩けなかったけど、かわりにタコ焼き売ってたよ。おっきなタコ焼き用の鉄板があるんだ。私は屋台の奥でおとなしく見てた。後頭部にチョップ入れたら怒られちゃって」
「そりゃ怒られるでしょ。下手したら先生全身大やけどです」
話を聞くに、実存はまともと言い切れるかわからないが、少なくともサイコパスではなくて、それなりに良識をもって行動している。
その彼が感情を植え付けるほどの『教育』、誤解を恐れずに言えば『洗脳』をどうしてあどけない少女に施せたのだろう。それも他人ではなく、実の娘のように可愛がっていた愛弟子に?
「えへへ。……なんかすっきりしたよ。ありがとうユング」
「光栄です」
そう考えてみると浮かべる明るい笑みが怖いとまで思った。目の前の道をときどき車が通っていくが、車の色はよく見えない。向こうからこちらは見えたかもしれないが、ただのティーンのカップルくらいにしか見えないだろう。
どちらもが魔導師で、いやそのくらいは顔を知っていればわかるかもしれない、だがそれ以外はどうだ?同じ町内にいるサイコパスに気付けるか?お互い何も知らないのだ。そしてその方が幸せだ。
「さあて、来週の『病み魔法使いの弟子』はと……。うん?白紙か?
「一応夏祭りの終わりを予定しているようだがそれ以外はとんとわからん。やれやれ次回予告を始めた割に自分の未来はまるきり見ていないらしいな。俺は三本くらい来週の話を予告したかったのだがひどい話だ……。
「はりえにしだ。
「まあいい、とりあえず締めのアレをやるぞ。……じゃん、けん、ぽんっ。
「ふっ、ふふふふ……」
――ししょー