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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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夏宵道中

 本編です。皆さん、今年の振り返りはもう済みましたか?来年どうしますか?ありんこはよくわからないのでひとまずバイトしてきます。

「髪の毛はどうするんだい?どうするっていうか、汚らしいからとりあえず結びたいんだけど」

 いつもよりちょっと丁寧なポニーテールを作るべく櫛で梳く。銅均のプラスチックの櫛だ。除静電ナントカのくせに静電気が起きるのは、かつての銅貨1カウロで買えるからじゃなくてきっと3年酷使しているから。

 イルマにはそれで構わないのだが、ユングの場合はそうではない。何かちょっと繊細な髪質をしていやがる。

 腹立つなあ。

「僕としてもそれで異存はありませんよ。暑いから邪魔だし。でもその、汚らしいっていうのやめてもらっていいですか……一応毎日洗ってるんで」

 むちむちより鞭うんぬんとまた違った意味で何を言っているかわからなかった。ゆっくり瞬きをして、鏡の中の丸顔を見つめて、質問をまとめて、聞く。

「汚いものを汚いと言って何が悪いのさ?」

「先生ひょっとしてあれです?男性は角刈りであるべきーみたいなジェンダー論者です?」

 違うよ。首を振って、さっきうっかり手を離してばらけた黒髪を拾い集める。

 ジェンダーうんぬんの論争を始めたらちょんまげまで遡る羽目になるではないか。めんどくさい。

 ちょんまげ、一部剃ってあとは伸ばして髷を結う男性の髪型である。なお、コルヌタの歴史には一瞬登場するが、月代を剃るのが面倒だったのか、洋服に合わないからか、すぐに消えて、ポニーテール的な何かに戻った。

「別に構わないんだけど、伸ばすならちゃんとお手入れして清潔な見た目に保てと言っているんだよ。わかる?」

「はあ……そう言われましても」

 ピンとこない様子だ。よしよし、ししょーならどうするかな。

「あー、じゃあこうしよう。今年は髪が痛んでるし毛先もバラバラだから『仕方なく』結ぶね。黒髪は和服に似合うしいい浴衣なのに残念だね。来年はこれ綺麗にして、結ばなくて出られるようになろ?」

「はいっ!」

 おお、助手の目に光が宿った。そういえばこいつって自称やんごとなき方なんだっけ。つまりプライド刺激すれば動くんだ。うしっ、覚えた覚えた。次からこれで行こう。

 きりっとゴムで留めた上をリボンで結ぶ。リボンといっても、呉服屋で手に入れてきたらしい浴衣と共布のやつだ。甘さはない。

 あとは帯や肩などを微調整する。新品の浴衣は硬い。あまり体に沿わない。ん?こいつは中に肌着か何か着なくてよかったんだろうか。

「ほーら出来上がり」仕上げにメガネをかけてやるが、肝心のユングは浮かない顔である。「どうかした?」

「……髪の毛……何したらいいかな」

「あ、まだそれ考えてたの。どうせ今日はできないんだから明日考えるよ。だから、ね、今は夏祭り楽しもう」

 踊るよと巾着を抱える。ユングはまだイマイチ納得がいかない様子だが、手首を掴んで引きずり出す。下駄をつっかけていざ、夜の街に繰り出すのだ。

 魔界出身おぼっちゃまは浴衣は揃えたが下駄は買わなかったらしい。揃えたと言えるのか。玄関でもじもじしているから何かと思えば下駄の買い忘れだ。

 そんなわけで豪華な浴衣の足元を飾るのは靴箱の奥でくしゃっとなっていた師の下駄だった。だいぶ払ったつもりだったが綿埃がまだくっついている。金があるのかないのかはっきりしない奴の出来上がりである。

 あの物持ちの悪い、安物買いの銭失い型な師にしてはなかなかいい下駄だから、使いたいなら使わせてやりたいしそうなるならしっかり掃除しておきたいところである。

「ところで……手ぶら?」

「え?踊るのに邪魔でしょ?」

 この子はブレイクダンスでもする気なのであろうか。頭が痛いのはきっと、いつもと違う髪型と簪のせいじゃない。ともかく、下駄をカラコロ言わせながら市民館へ突撃する。

 夕方はまだ小さなお子様が大量にいたりするので、日は完全に落ちてからだ。足元の悪さや治安の悪化など憂慮されるものは多いが、この暗い道中も夏祭りの醍醐味だと思う。見知った風景が闇に沈んで、埃っぽく騒がしい空気が磨いた大理石のように張り詰める。

 ギラギラと照り付ける太陽は青空と一緒に黒の下へ塗りこめられて、大気が胎内に熱と湿気を持ったまま冷え込む。使用済みのゴムが浮いていたりする汚い川も月明り星明りに反射する黒曜石だ。

 見慣れた近所のおばさんも何やってるかわからないおっさんも朝帰りデフォのお兄さんも影になって、知らない人になって通り過ぎていく。見も知らぬどこかの誰かも同じ影だ。

 すれ違う影がひょっとしたら知り合いで、もしかするとこっちに気付いているかもしれないからとりあえずこんばんはと頭を下げる。向こうもされたからこんばんはして、結局お互い「さっきのは誰だったんだろう」と思う。なぜかそれが好きである。

 さっきの川同様、黒いガラス質に光るドブの隣を歩きながら、民家の瓦と木の影の間を縫って市民館が白っぽい四角形として目に入り始める。

 この市民館も鉄筋コンクリートの建物で、震災以前からあるらしいから、古さとしては朝顔ビルヂングと同じくらいだろうか。朝顔がくっついている分うちのが豪華とイルマは思っている。

 表面は黄味のかかった白で、モルタルなんだろうか、ケバケバっとしたような質感。ひび割れを灰色の何かでうねうねっと埋めている。昼間近くで見ると汚い灰白色なのに、こうして夜中に遠くから見るとまあまあきれいに見える。

 どのくらいって……木綿豆腐にコンクリートの表面を型押しした感じ?

イルマ(こいつ……身支度に何話使ったんだ……っ!?)

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