浴衣格差
本編です。クリスマス何かあったかって?……バイトだよ!(逆ギレ)
「身支度終わりました?じゃあ次僕の帯してくださいっ」
ひらりと黒っぽく見える謎の色合いをした浴衣を翻してこっちへ駆け寄ってきた。やれやれ……男物なんか私もよく知らないぞ。ししょーの着替え中にちょっかい出したら拘束されてたし。親指さんと結束バンドは相思相愛だ。
プリントアウトした『男性浴衣の着付け』を参考に着つけていく。
襟と首の間に挟まる髪を外へ追い出しながらの作業だ。いつもよく梳きもせず後ろでポニーテールみたいな形に雑に束ねている黒髪はせいぜい肩のあたりを過ぎるくらいだが、それでも下ろすと長く感じる。
(というか、伸びたのかね?美容室行ってないのかよこいつ。きったねえなぁ)
よく覚えてないが、男性はホルモンとかの関係で女性より長髪が難しいとかどっかで聞いた気がするぞ。何がどう難しいのかは詳しく知らない。ただこいつは性格的に、艶が失せてフケが出そうだ。
トリートメントとかしに、美容室に通ったほうがいいのではないか?それもなしにしても、せめて毛先を整えるとか。
護衛の仕事なんかだとイルマも経験があるが、格闘すると髪の長さが一部だけ変わったりする。頭髪には痛覚がないからわからないし、頭が躱しても置き去りになることがあるせいだ。
ならばとベリーショートにしてみたこともあるが、頭の形が綺麗ではないから似合わなかったうえに、すぐに伸びるため2週間に一回は美容室に通う羽目になりコストパフォーマンスの面にすら問題が出た。
前髪を短くすると生え際に一つ二つ現れるニキビが気になる。たくさんできるわけではないのだが、それゆえできると気になる。さらに自力で切ると大体恥ずかしい感じになる。センスがないんだろう、残念ながら。
「むっ」
浴衣が重い、と感じた。よく見る。けっこう布地が厚い。模様のようなものが見える。いや、まさに模様が織り出されているのか。お前何紋だ!ってか。本人の傷んだ髪と同じくらいの艶がある。
「ねーユング、これ何色?」
含み笑いの気配がした。
「何色だと思います?」
「CDの裏面黒塗りにしたやつ、かな」
雅のかけらもないですねえと笑うのがうっとうしいので帯を思いきり引っ張って腹を絞めてやった。潰れたカエルみたいな声がしたが、顔は笑っている。そうだ痛めつけると喜ぶんだっけ。しまった。ご褒美を与えてしまった。
「店頭ではダークグレーって書いてましたよ」
「ふーん」
じゃあグレーで。帯を後ろで貝の口に結んでやる。この帯も豪華だ。長辺に平行な縞が、何というのか、織の地から浮き上がっている。刺繡ではない。どうもこれも織り出されているらしい。構成が平面的な浴衣に立体的な布地かぁ。わかんねえなあ。
さらに金糸や銀糸をさりげなく、目立たないように織り込んでいる。いいのかどうかこの通りのガラッパチにはよくわからないが、ひとまず一人くらい首が吊れそうだと思った。
「はーい。できたよー」
「おおー」
嬉しそうにぱたぱたと袖を打ち振る。厚めで織の細かな生地はその下の白い肌をまったく透かさず見事に隠蔽し、濃い灰色を強く発色していた。暗い色の浴衣に白い肌がよく映える。16歳という年齢の割にニキビも肌荒れもない綺麗な肌だ。
年相応なのはこの部分か……ぴたりと手を添える。
「あー、むちむちー……うふうっ!?」
頬肉をむちむちと弄んでいたら帯の少し下のわき腹にブッスリ肘が刺さった。人体で最も鋭利な部分とはよく言ったもので、これは突かれたというより刺されたという感覚である。あーあ浴衣乱れてないだろうな。
「な、なにすんのさ」
「先生手つきがやらしいですっ」頬を手で覆ってユングが膨れた。「むにむにむにと、あんたは男子中学生かって。これはもはや犯罪です……頬姦と呼ぶべきです!」
「何じゃそりゃ……」
「僕はむちむちより鞭が欲しいんだ!」
情熱的なマゾ発言だった。ごめん何言ってるかわかんない……。口に出したかどうかわからない。ものすごく、触れるべきでない、そう思ったからだ。間違いない、こいつ危ない。
なかなか夏祭りにたどり着けないですね。よくあることです。