路地裏幻想
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食べ終えたアイスの包み紙を公園のゴミ箱に捨てて一息つく。きっかけはともかくとして旅行はいいものだ。
「のんびりできるって、いいですよねえ。うちは防衛ばっかりで年中無休でしたよ」
「やっぱり領土は奪還と侵略が繰り返されてるんだね」
しみじみと空を仰ぐ。のっそり雲の塊が通り過ぎていった。絵に描いたようないいお天気。梅雨入りはまだ待ってくれるみたいだ。
「ところで、次はどこに行きます?僕、まだ遊びたいです!」
うそー何この子元気すぎるー。
「そ、そうだねえ。この辺って博物館とか、あったかな?」
爺臭いことを言って周囲を見回した。
ポリエステル系のカーキ色をしたロングカーディガンが視界の端に映る。思わず一足踏み出すと、湿っぽく薄暗い裏通りに見慣れた男が立っていた。藤色の瞳が微笑む。
「こっちだよ、ってさ」
ユングは誰がそんなことを?と思ったが少女はもう無人の寂しい裏通りに走り出していたのでおとなしく従う。見るからに迷子になりそうだが、どうせ来た道は覚えているから迷っても戻れるはずだ。
「ま、待ってくださいよ!」
角を右に左に曲がって路地を抜け、やがてにぎやかな大通りに出た。正面に最近できたというショッピングモールが見える。唖然としてそれとイルマとを見比べる。イルマはきょときょとと周囲を見回しているようだ。
「こんなところあったんですねえ……先生って、この町に来たことあるんですか?」
うん、何度かね。魔物も多いからさ、ししょーと一緒に……まだどこか遠くを見たまま答えた。なるほど。納得したユングは、次の言葉に凍りついた。
「でも、こんなところ来たっけ?」
彼女の記憶にあるのは、年取った夫婦が細々と経営するコロッケの店だ。
かつては大通りに面したこの辺りも住宅地で、依頼をこなした後は師とともに唯一のメニューである牛じゃがコロッケを食べに来ていた。食感が何ともほくほくとして、野菜が好きではないイルマもこれだけはねだった。
何度目に訪れた時だっただろうか。雪が積もっていたのを覚えている。店のあった場所が更地と化していた。
もしかして道を間違えたかとしばらくうろうろしたけれど、ついぞ見つけることはできず見かねた師が屋根の雪をおろしている中年男性に声をかけた。
――すみません、ここに夫婦が経営する店がありませんでしたか。
――え?ああ、あそこね。
秋のことだったという。
誠に勝手ながらしばらく休ませていただきます、そんな貼り紙がシャッターの降りた店先に出されたそうだ。それ自体は珍しいことではなかったので、また旅行にでも行ったのだろうと誰もが思っていた。
三日くらいで帰ってくるだろうと。しかし、三日たっても四日たっても結局、そのシャッターが再び開くことはなかった。
――凄い臭いがしてね、秋口ってまだ暑いだろ。夜逃げだと思ってとうとう市役所の人が鍵を壊して入ったんだってさ。
老夫婦は、床に折り重なるようにして倒れていた。腐敗が酷く、素人目にはどちらが妻でどちらが夫かわからなかったという。二人の住んでいた店舗兼住宅は買い手がつくはずもなく、取り壊すしかなかったそうだ。
次に思い出したのはそれからしばらく後、初夏の頃だった。いつもの癖でつい向かった先に当然老夫婦のコロッケ屋などない。ただ、周りの住宅もない。眼前には巨大な更地が広がっていた。
モール建設予定、と立て札が出ていた。観光地にするために大手モールも誘致するらしい。へえ、と頷くしかなかった。
――俺達の商売道具も売ってくれたらいいな。
もしそうだったら一緒に行こう。そうは彼は言わなかった。だから、イルマが言ったのだ。
――ショッピングモールができたらさ、一緒に行こうよ。きっと面白いよ。
師は否定も肯定もせず、何も言わずに私服の裾を翻して――ポリエステル系の、動く時しゃかしゃか音がするカーキ色をしたロングカーディガンだった。
気温はもう暑いくらいだったが、晩年の本人は寒気がするとか言って初夏どころか夏でも外に出る時は着ていた。気に入っていたのかもしれない――まるで逃げるように来た道を引き返した。
行こう、行こうよー。私をモールに連れてって、なんだよー。イルマはくるくる回りながら付きまとうようにすり寄った。
色の抜けた金髪がところどころ黄金色の光を透過させて、困ったような微笑みを砂金の散る水鏡に変える。はっとして、その場に立ちすくんだ瞬間だった。
――ああ、連れて行こうな。
澄んだ藤色の瞳が、淋しい色で少女を映した。
「……そっか、連れて来てくれたんだね」
無数のガラス窓に光を反射するモールを見上げた。正面に視線を戻すと、師がまぶしそうに目を細めてゆらゆらモールの中へ消えていく。「ありがと、ししょー」
な、なんだかよくわからないけど、スーパーナチュラルみたいな感じだけど……。ユングにはそんな人影は見えなかった。てくてく歩いて行くイルマの後を追う。ちょっと心配だ。
確かにイルマは強い。あの『魔封じの杖』に、三分の一もの魔力を吸い上げられている今の状態でも、やる気になれば同年代どころか同じ乙種の魔導師すら凌駕するだろう。それだけの実力はある。
一度手合わせして分かったが、体術も本人の言う護身術程度とは思えない。大体、ベースが軍隊で教わる制圧術だ。あの調子ではサーベルも使えるのだろう。まるで隙がないのだ。
だが、精神面はどうだろう?多少実存の影響を受けているのか物騒だが、実のところは普通の10代の少女なのではないだろうか。
「ねえ先生、何か食べたいものありますか?」
「牛肉とジャガイモのコロッケ。熱々の揚げたてじゃないとサガミル湾に沈むことになるよ」
はーい。助手は快く返事をした。でもコロッケは割り勘だ。
「ぶー、ユングのけちー」
「ケチでけっこうです。これから買い物でお財布に大寒波が訪れるんですよ、おごれますか」
「うー、それはそうかも」
納得してしまう女、イルマ。老夫婦のコロッケとはかなり味が違うが、これもなかなかおいしい。ほくほくでもないが、ゴマ油が香ばしい。学生ターゲットなのか肉も多めに入っている。
一つ何かが欠けると、その分何かがぴたりとはまるのだ。それがこの世界の摂理なるものなのだろう。
老夫婦が亡くなった、それは大変残念だ。気の毒だと思う。でもだからってコロッケがまずくなることなんかあり得ない。イルマの論理であるそれはそれ、これはこれというやつである。
ユングは食べ方がわからないのかしばらくコロッケをくるくる回しながら眺めて、意を決したようにかぶりついた。湯気が上がって眼鏡が曇る。
「おいしいねえ」
師がここにいてこれを食べたら何と言っただろう?食べられたかどうかがまず引っかかるけどそんなことを考えてみる。
「先生、そろそろちゃんとした説明してくれてもいいんじゃないですか?」
「え?ちゃんとした説明って何の?」
実存の魔導師のことですよ。眼鏡を拭きながら言う。「いまだに人物像が全く思い浮かべられないんですけど」
それを聞いたイルマはコロッケを口の中に消して、ちょっと水を飲んでから答えた。
「なんだ、わかってんじゃん」
「何がですか!?」
少年の大声で周囲の家族連れがばっとこちらを向いた。身を乗り出したユングが元通り座る。気まずい。
「ししょーに人物像なんかないよ。思い浮かばないっていうのが一番理解してる状態なんだ……ううん、二番目かな。カミュさんはなんか違うところに着地してたし」
危険かもしれないが保管さえちゃんとすれば危なくないんだよ、って。
「……はあ」
それは道具扱いなのでは?ユングの中に割り切れない疑問符が行き交う。
「いつだったかな、そんなことがあったんだよねー。私が小さい時人質にとられた時……は何回かあるけど、その中の1回で」
「……長くなります?」
その問いに、イルマは無造作に頷いた。
湿った路地裏はロマンです。死者の幻影もロマンなのです。アイスピックって使ったことあります?私の主観ですがあれで氷を削るのはしんどいです。放置して溶かす方が早いんじゃないかとか思いました。