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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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英才は大量生産でつくる!

 地獄です。最近主人公見かけませんね。

 故郷にたどり着いたニーチェがまず最初にしたことは上官を背中から降ろすことだった。ここまで距離があり、さすがにちょっと疲れた。天国は暑いとも寒いとも言い難いが適温ではない気がする独特の気温だ。

 角に浮いた汗を拭う。この角はまだ出来上がっていなくて、厚い皮膚で覆われところどころ紫に浮く血管が通っている。細かな産毛も生えており、押してみると少し柔らかい。当然汗腺もあるわけだ。

 ぐるりと室内を見回す。前に消具で形象崩壊させた扉は修復されている。中心に寝台がある。高い小さな音が一定の間隔で鳴っているのは前と同じだ。天使たちがいない分少し広く感じた。

 あと、バルコニーがなくなっている。

「この部屋で体と魂をくっつけたわけか」

「おう。魂を作った方は前にお前が破壊した扉の方な。あそこ実は滅菌室だからあんなふうに入っちゃだめなんだぞ。まったくやんちゃしやがって」

 神なのに滅菌室に入れられていることに違和感を覚えるが、それはそれとして、ニーチェはちょっと目をそらした。

「だって知らない人がいっぱいで怖かったんだもん……」

「何がだもんだ鬼畜候補生」

 いきなり武装解除された小天使どもはもっと怖かったろうぜ。角の側面をぷにっと小突く。

「だって目が覚めたら全裸だし、見知らぬ背中から羽とか生えた奴に……しかも槍とか持ってるんだ。そんな奴らに囲まれてジロジロ見られてるんだぞ……」

 痛かったのか、小突かれたあたりをさすりながら言う。

「お前が暴走したら止めねーといけねんだから仕方ねーだろ」

「やだなー、怖いなーって。何か言おうと思って口を開いたら緊張のあまりねぇ……煽っちゃったのよォ」

「それはお前が悪い」

 緊張のあまり煽るとかいうその思考が分からない。ニーチェはひそひそとささやくように言った。

「……したら、奴らね……どうしたと思う?」息を吸う音が言葉を切る。顎の下になぜか鏡。下から照らすとだいぶ顔の感じが変わったような。「一斉に……槍を投げてきたんだぞ!」

 突然声が大きくなったのですくみ上ってしまった。くそっ、狼狽えるな……地獄の鬼は狼狽えないッ!ぬるりとニーチェがすり寄ってくる。藤色の瞳が濡れたように光った。

「怖くない?」

 今のを聞いてちょっとだけ怖いと思った。でもそれは心の奥底に沈めた。

「単に大天使の表情に呼応しただけだと思うぞ。そんなとこで金魚の糞になってるやつらって大して知能ないし……あとバルコニーはお前が飛び降りやらかしたから消されたぞ」

「犠牲になったのだな」

 涼しい顔のまま悪びれる様子はない。先が思いやられる。俺は『上官』って名前のヒラの鬼になるのは嫌だぞ、ニーチェ。

 体を作ったのはこっちだ、と別の扉を開く。中には大きな水槽があって、淡い緑色の光の中をスペアボディが山ほど漂っている。ニーチェにはつらい眺めかもしれないが、どうにか耐えてもらいたいところだ。

 と、思っていた。

「すごい!水族館みたい!ていうかこれアニメで見たぞ!手抜きだな!はははははは!」

 あっさり裏切られた。とはいっても、それを上官が理解するのは数秒後である。

「は?」

 何か想像と違う反応が目と耳に飛び込んできたな、と最初ぼんやり感じた。しばらくして音の波が声となり言葉になって人間のそれと作りがよく似た脳に届き、人間同様前頭葉がそれを処理する。

 あらー、喜んでらっしゃいますわね。

 漂うスペアボディを本体がキラキラした目で眺めている。知性のない器たちはうふふあははと意味もなく笑っていたりするが、それが面白いらしい。あーわかるわかるー。まじやばーい。

「なああいつ今こっち見た!見たよ!でもあいつも俺自身なのか!上官殿!俺は俺と目が合ったぞ!やばくない!?」

 ってわからねーよ。

「お、おう……よかったな……」

 はしゃいでおられる。はしゃいでおられる。ぱたぱたと水槽の前を駆け回るニーチェからは悲壮感とか、それっぽいものは一切感じられない。複雑な気分だ。

 決してトラウマやショックを受けてもらいたかったわけじゃないんだ。でも、はしゃいでほしかったわけでも、ないんだ……。そうだ、俺は子供を水族館に連れてきたわけじゃないんだ。

 仄暗い照明のもと、たくさんのニーチェが白く青ざめた滑らかな肌を晒しながらゆるゆると漂う様子は言われてみれば水族館の魚にも見えなくはない。見えなくはないが、それでいいのか、ニーチェよ。

「手足がないやつもいるぞ!俺がうっかり落とした手足はここから提供されているんだな!」

 こらうっかりで落とすんじゃねえとの上官の仰せも聞かず、ドップラー効果を引き起こしながらずっと奥へ走っていく。

 彼は生前から工場見学などが好きだった。ここにはプレス機も巨大なローラープリンターもベルトコンベヤーもないが、『完成後の商品』が手元にあって、『部品や原料』が目の前にある。状況としては工場見学と同じなのだ。

「てかさ、あの、いや、違うから!そいつは多分、作り立てで全部そろってないだけだから!これから生えてくるから!」

 叫んだらだいぶ端の方まで行っていたニーチェが帰ってきた。彼は大声を出すのが嫌だったのだ。ぱたぱたと足音のこだまが一拍開けてついてくる。

「じゃあ、俺の手足はどこから来ているんだ?」

「ああ、それはお前の予想通りここの予備から切り取ってくっつけてるよ。ただな、手足切り取ったり内臓摘出したりしたあとのボディは廃棄だ。

「この水槽から揚げるとか、一部摘出とかで刺激が加わると別な意識……つまり別の人格が発生することが多くってな。そうなるとちと困るんだ。赤子同然とはいえ、人格ごとに体の動かし方とかに癖があるから、また別な部分をお前に移植してもうまく動かねーの。

「移植に向かねーボディを残してても何にもならねーし、ひとまず解体して燃えるゴミに出してるぜ。大天使のやつは溶かして成形したら食えないかとか言いだしてる」

 大天使の考えについては緑色の四角い何かを想像していただきたい。彼が欲しているのはあれだ。

「そうなのか。でも、一応俺も鬼なわけだし、あれを食って狂鬼病みたいな病気が発生すると嫌だな」

「えっ何だそりゃちょっとカッコイイ……。俺らが食うんじゃなくて天使が食うんだと。本来あいつらは使い捨てだし食事の必要がねーんだが、そこをあえて何か食うことで寿命を延ばせねーかと思ってるらしい。天帝装置動かすのも毎回になると骨だからな、回数を減らしたいらしい」

 金色の眉を寄せて、ニーチェはぼそりと言った。

「むしろ消化管が機能しなくてフン詰まりで死ぬ最悪のシナリオが見えるのだが……」

「……それ本人に言っちゃダメなやつ」

 結果が同じだとしても、自ら試みてその結果にたどり着くのと、別の誰かからその結果を示唆されるのはまた別の感情を呼び起こす。外野が口を出してもどうしようもないのである。

 天使さんたちの末路としては……どうせ使い捨てなんだし、たまにはそんな終わりもいいんじゃないだろうか。

 そろそろ回想入れたいですが、ししょーの回想は間違いなく殺伐とするので、次入るとしたらイルマの回想とします。

 たぶん……ッ!

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