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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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影法師さん

 お待たせしました。本編になります。主人公が一切出てこない本編を召し上がれ。本編に出てこない主人公、これいかに。

「結局、その彼は本物だったわけ?」

「はい。消具も確認しました。間違いありません」

 男は顔を挙げた。つかみどころのない、特徴のない顔である。年齢もイマイチはっきりしない。目の前の椅子には赤毛の少年の姿をした大魔導師、ラスプーチンが座っている。

「いかがなさいますか?」

 大きすぎる椅子の上でぷらぷらと足を動かしながら、ラスプーチンは両手を広げて首をすくめた。

「どうもしないよ。ていうか、できないし。だって録画とか録音とかとってないんだろ?」

 それは確かにその通りだ。男――才蔵は自分の落ち度ではないことを飲み込んで苦々しげに頷いた。彼はユングが現れたこの春からずっと、二人をつけていたのだ。

「ああ、うん、君のせいじゃないよ。だっておいらがそう指示したんだから。……それより、もっと詳しい情報をちょうだい。一応把握はしておきたいし」

 才蔵は今度は安堵して頷いた。この上司は年季が違う。言葉が足りないだけだ。彼は甲種魔導師であり、『霧隠』という特殊な魔法の使い手である。これを使うと相手の五感から自分が消えるというトンデモ魔法だ。レーダーにも映ることはない。

 ゆえに人呼んで、国家最強のステルス人間。

 しかしながら、甲種になったのは別の魔法による。彼は水素原子を操り水爆を作る魔法を極めたどこでも核融合人間なのだ。

「戦闘でも殴るか斬るで具現化を使うところはまったく見られませんでしたが、剣術や本人の言いようからして正統の王家です」

「つまり、フロストの方の孫ってことか。ずいぶん見た目が違うけど」

 カメラ片手の隠密行動は彼の十八番なのだが、相手が悪かった。ユングのそばには病み魔法使いの弟子がいるのだ。

 彼女の師の実存は「何となく誰かいる気がする」とか言って『霧隠』を看破した化け物である。しかもその経験はばっちり弟子に伝えたようで、イルマも自身に向けられた盗撮・盗聴ならほとんど気配だけというよりは第六感としか言いようのないもので探り当てる。

 さらに、彼女はこれまで何度か才蔵の存在に気付いているため、面も割れている。

 打算なのかたまたまなのか、ユングはイルマと同居を始めた。これにより、尾行に気付く可能性が非常に高くなったため、ラスプーチンはカメラを持たないよう指示したのだ。

「どうやら、母方の祖父があのオニビらしいです。あそこはあそこでずいぶん血が濃いですから」

 オニビの名にラスプーチンは嫌な顔をした。革命の英雄こと爆弾大好きテロリストと殺し損ねたら百倍にして返してきた王家のミックス。彼にとっては考えうる限り最悪の組み合わせである。

「それに、王家に嫁いでくるのは多くの場合、王家の分家かエメト家をはじめとする高級貴族ばかりではなかったでしょうか。彼は歴代……実存と比べても血が薄いのでは」

 そういえば、あの暗殺一族もかつてはエメト家と肩を並べる武官の家だった。政争に負けて王宮にいられなくなったのも200年前とごく最近である。あと、父親は鑑定も一致したしどう考えてもエメトだ。しかもエメト自身もあの時の王妃の甥にあたる。なるほど血が濃い。

 ちなみにオニビの家は没落する前でも全体で見ると低級貴族に分類される。

「実存はああ見えてサラブレッドだったわけか」

「そうなりますね。夭折が悔やまれます」才蔵はトイレのティッシュくらい厚いお悔やみを言って、本題に戻った。

「性格は大雑把というか何というか、技術のいる魔法を繰り出すより杖を振り回して力任せに物事を解決する方が好みなようです。さらに半人ですが、使える能力はウンディーネのものがほとんどですね。竜鱗は使ったのを見たことがないです」

 使えないと見た方がいいか。ラスプーチンは考え事をしているといじる癖のある赤い巻き毛をぐっと引っ張った。きんと走り抜けていく痛みが雑念を取り除いてくれる。

 遡ること遠く、ここの王家に備わったと言われる竜鱗は残念ながら彼の生まれたころには消えていたから期待していなかったが、もっと近くは話が違う。

 サラマンダーの変種から生まれた半魔、オニビの竜鱗には散々苦しめられた。あの力が手元にあればと思ってきたから期待したのだが、そううまくはいかないものらしい。

「記録によると王家の人間は肩幅が狭いことが多いようですが、ユングは国民の平均から見てもけっこういい体格をしています。身長はこれまでの例にもれず小さめですが、まだ16歳ですからね。どうなるかわかりません。

「試験を突破した乙種魔導師ではありますが、大体いつも前衛で杖を振り回しているので戦士と大差ありません。対悪霊の時ですら申し訳程度の援護射撃しかしていませんし、魔導師らしさはほとんどありません」

 二つ名をつけるなら、殴り魔導師ってところですかね。杖で殴るユングの動作を思い浮かべながら才蔵は言った。彼もまた魔法が苛烈でも本体は貧弱な人間だ。あれで殴られたらひとたまりもない。

「消具ですが、本人は実戦では使えないと言っています。ここまで体毛くらいしか消していません。ポーズかどうかはわかりませんが、祖父のフロストを見るにさほど得意でないことは確定でしょう」

 報告を終えて出ていこうとした彼を、ラスプーチンは呼び止めた。

「あのさぁ……才蔵くん」

「何でしょう?」

「メイスのこと、杖って言うのやめようよ……」


「なぁんがあの竜鱗には散々苦しめられただ馬鹿野郎。苦しめられたのァむしろ俺だ馬鹿野郎。メッタなことじゃ死なないと思って容赦なく機関銃撃ってきやがって。一応骨に響いて痛いんだよ馬鹿野郎。しかも殺さない理由が研究実験のためとかふざけんな馬鹿野郎」

「気持ちはわかるがまあ落ち着け」此岸を覗いていたオニビの背中に手が触れた。フロストである。

「そもそもあいつからの指示であって、私だってあんな悪趣味な物体を好きで装備していたわけではない。……しかし、視点が変われば物事の肝要も変わるというものだ」

 きいっ、とわめいてオニビはその手を振り払った。相手は不思議そうな顔をしている。

「お前はいっつも『オニビシールド!』とか言って俺を盾にしてただろうが!」

 つつーっと視線がはるか遠くへ泳いでいく。

「そんなこともあったかな。なに、昔の話だ」

「とぼけるな!防空壕に隠れればやり過ごせたはずの対戦車砲を俺で防ぎやがって!あと何回も憲兵を俺ごと撃ったよな!?何回も何回も!何がファイアボールヤッフー♪だ服が勿体ないだろ!あれ一応燃えにくい特注のやつだったんだぞ!爆弾とか作る用の!」

「シャブで頭が逝ってたのだあの頃は……勘弁してくれ」

 フロストはゆーっくり首を傾げて戻した。視線は相変わらず遊泳している。しかし、フロストの記憶によればオニビが作っていたのは爆弾より火炎瓶のほうが多かったはずだ。

「オフィーリアは確か貴様をミサイル代わりに戦闘機に投げつけていたが……あれはいいのか?」

「いいんだよ!愛があっただろあの投げ方は!ちゃんと服は脱がしてから投げてくれてたし……ってそんなことはいいんだよ!やめてって言ったよな!?俺はやめてくれって言ったのにどうして続けたんだよ!何とか言え馬鹿野郎!」

 襟首をつかまれて、フロストは悲しそうな顔をした。すまなかった、と小さい声で謝罪する。

「……フリだと思ったのだ。押すな!押すなよ!みたいな……」

 オニビはもはや何も言わず、フロストは顔面から土にめり込んだ。

 用事が増える→パソコンに触らない→書き溜めが増えない→更新を渋る→とうとう書き溜めが尽きるという負の連鎖、気を付けましょう。

 ……反省してます。

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