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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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朝食(雅)

 本編です。雅って言っても、丸太やヒガンバナは関係ないですよ。

 回覧板と一緒に盆踊り大会の要項が届いた。ネットのフリー素材を流用したと思しき、浴衣を着たお姉さんと甚平姿のお子様が飛び跳ねているイラストがのほほんと添えられている。

 浴衣は暑苦しいから好きではないが、にぎやかな中ただ同然でかき氷や箸巻きが楽しめるため結構好きなイベントである。師との思い出にも事欠かない。

 この地域の場合、市民館の前の広場で行うためあまり規模は大きくない。管理はそう難しくない。

 しかし、あの頃青年会が大変なことになっていたため、師がよくここで鉢巻して箸巻き作ったりタコ焼き焼いたり太鼓を叩いたり……いや、太鼓は叩けてなかったか。とにかく古き良きジャンクフードを作っていた。

 現在は青年会も立ち直り、わざわざ魔導師を駆り出さなくても開催はできるようになっている。

「ユングー、盆踊り行くー?」

 ピザトーストにかぶりついていたユングが顔を上げた。

「盆踊り、とは?」

「要は夏祭りだよ。みんなで市民館の前に集まるのさ」

 盆踊りを知らなかった野生人は、行きませんと首を振った。

「だってそこで大酒かっ喰らって武器ナシ反則ナシのバトルロワイヤルするんでしょ。余興で若者が焚火飛び越えたり、猪を生け捕りにしてきたのを会場に放ってけが人が出たり。嫌ですよ。都会の人はそんな野蛮なことしないもんじゃありません?」

「君の知ってる夏祭り、私の知ってる夏祭りとえらい違いだよ」祭りの概念すら魔界エディションだった。野蛮なのはお前だ。

「あのね、会場では太鼓のリズムに合わせてみんなで踊るんだ。箸巻きとかかき氷の出店もあるんだよ。浴衣着て、こうやって円になってさ。かがり火でぼんやり明るいの」

 そんな怪しい祭りじゃないよと手元にあったチラシの裏に図解する。踊りもそんな難しいやつではない。よくわからない掛け声を合わせるだけでちょっと楽しい。

「なるほど……狂おしい太鼓の連打と猥雑な喚きを伴う単調な円舞を頼りない火の影で繰り返すのですね。調査を試みましょう」

「その通りだけどもうちょっと楽しそうな形容ってないのかな?」

「いいえ、楽しみですよ。都会の名状しがたい夏祭りのようなもの。武者震いが出るくらい」

 野生人は文明の中で育まれた伝統に宇宙的恐怖を覚えるらしかった。カルシウムが欲しくなったイルマは口に入れたピザトーストの耳を牛乳で流し込む。

 パンの耳は実に扱いに困るブツである。中心部分のふわふわ感はなく、ぱさぱさしている。といって香ばしいというほどでもない。切り取ってラスクにでもすればおいしいのはわかっているがそれも面倒だし、といってこうして調理したときには何とも愛嬌に欠ける気がする。

 興ざめなもの、春の網代、牛の死んだ牛飼いときたら食パンの耳を挙げたい。ここでふと、ユングに言おうと思った内容を思い出した。

「……ねー、この前読んだ本の話なんだけどさ」

「ああ、珍しく新刊で買ってらっしゃいましたね。面白かったですか?」

「うん」チーズに絡みつくケチャップと少し硬い薄切りピーマンが五枚切り食パンのモチモチ感と絶妙にマッチする。「それによると、雅って言葉は『みやぶ』っていう動詞から来てるらしいね。で、そんな男の人を指す『みやびを』って言葉もあったらしいよ」

「はあ」

 全然興味なさそうにユングは頷いた。相槌を打つ、などとは言うが、これは相槌を打ったことに入るのか。聞いてる?とかなんとか面倒くさいことを言うのもどうかと思うから話を進める。

「『みやびを』は、都会的で洗練された男の人って意味らしいんだけど……」

「それで?」

 たださえふくふくしている頬にピザトーストを詰め込んだ『いなかびと』を見る。さらに両手でピザトーストをしっかりつかんでいる。ハムスターを連想した。

「つまり……君、人に雅がどうとか言うけど雅でもなんでもないじゃん」

「嫌ですねえ先生。言葉の意味なんて時の流れとともに移り変わるものですよ。今は都会の文化がむしろ鄙びているのです。つまり僕が『みやびを』でも何の問題もないのです」

「乱暴だな」

「人類の歴史など総じて乱暴なものです。そうじゃありません?」

 言っていることはもっともらしいのだが、なんだか口先でうまく言いくるめられた気がする。ししょーと話してる時みたいだと思った。もっともらしい顔でもっともらしいことを言われると何となくそうかもしれないと思ってしまう。

 だが、この二人は親戚らしいし王族はそういうものなのだろう。他人を言いくるめられなくて一国の支配者は務まらない。今はもう違うとはいえ、はっきりと証拠が残るだけで2000年以上もの間王として君臨してきた実績はきっとデオキシリボ核酸が記憶している。

「ところで、これおいしいですね。何て言うんですか?」

 えっ知らないのーピザトーストだよー、と悔し紛れに言ってみる。へえ、とだけ言ってユングは食事に戻った。気にしていないのが腹立つ。

 書き溜め尽きたーっ。万策尽き……てないけどっ!

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