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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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冥界ガイドブック

 地獄ソロです。お盆には地獄の蓋が開きますって。

 地獄、というより冥界としては、この時期には地獄の蓋が開くだけの話ではなかった。

 だいたい、蓋に関してはよっこらしょと開けておけばいいのである。一部のヤバい亡者は蓋が開かないところにいるが、多くの亡者どもは勝手に出ていくし、勝手に戻ってくる。刑罰が待っていても、戻ってくる。

 もし仮に戻ってこなくても、それは天使が回収するからあまり問題ではない。他にある、もっと大変な出来事と比べれば全然問題ない。

 8月には冥界全体で予算の見直しが行われるのだ。天国と地獄、両方からめぼしい者が集められてああだこうだと一種の会議を行う。これが実にしんどい。そもそも、天使と鬼は精神的にも肉体的にも正反対の性質を持つように作られている。

 彼らが集まって話し合ったところで、いわば水と油なのだ。議論が食い違うことはしょっちゅうだし、こんな有様でも彼らはしごく真面目にやっているので熱だけが上がり、乱闘騒ぎも珍しくない。そういうわけで、時間は数日かかってしまう。

 と、ここまでガイドを読んだところでニーチェは上官を見た。上官はこっちに背を向けて、というより、壁に額をくっつけて立っている。怪しい。

「あなたは行かないのか」

「おう。ほら、俺ってあまり権力とか持っちゃいけないポストだし?」

 ニーチェの問いは唐突で文脈も何もあったものではなく、上官はまるで相手の方を見ないまま答えたが不思議はない。

 何を隠そう、今ニーチェが読んでいる『ためになる冥界ガイドブック ~これであなたも一流の鬼畜野郎~』の作者は彼なのだ。さすがにページ数が分かったりはしないが、自分が書いた内容は大体覚えている。

 このガイドブック、当初の予定ではコピー用紙を何枚かホチキスで留めただけの簡易的な書類になるはずだったが、思ったより出来が良かったので思い切って本のような状態にしてみた。必要に応じてメモなどの書き込みができるように、内側はつるつるにしていない。

 それを今日ニーチェに持ってきたものの、いざ目の前で読みだされるとさすがに面映ゆく、壁に貼りつくことになったのだ。

「……そうだったな」

 沈黙の後にぼそりとつぶやいて、ニーチェは活字を追うのに戻った。上官は正直ホッとした。

 予算といっても、此岸で組まれている金銭の類ではない。ここは彼岸、死後の世界たる冥界だ。だから、ここでいう予算も相応のものである。

 つまり予算とは、此岸全体の死人の数だ。毎年11月に組まれる。さらに、悪霊の出現や魔界の侵攻など、臨機応変に対応するため8月に見直しが行われ、それでも合わない分は10月いっぱいかけて合わせる。

 例として、今年は悪霊が出現したので予算が増える。またニーチェは顔を上げた。

「今回の悪霊はさっさと倒されて被害が少なかったのにか?」

「被害の大小は関係ねーの。悪霊が出たら予算は増えるんだよ。詳しくはその先な?」

 悪霊が出現・魔界が侵攻したときは、その被害の大小にかかわらず予算が30パーセント程度、多めに見直されることになっている。それ以外の災害についても、起こった年の予算は必ず増える(しかし、ほぼ毎年起こる)。

 なお、大規模なテロ、人間同士での戦争などの人災は予算の増減にほとんど影響しない。人間界で新たな物質が発見されたりして技術・文化が進むと、11月の時点で予算が少なめに見直されることもあるが、基本は増えるだけである。

 8月を過ぎて、11月までに悪霊などの自然災害が起こった場合、その分の増加は翌年に持ち越される。

 ここで予算についての章は終わり、『天使と鬼の違いについて ~知ると知らぬとでは天地の差~』とかいう次の章へ移るようである。

「……予算の決め方とかは載っていないのか?」

「会議して決めるぜ」

「そうじゃなくて。……決めるときの基準、とか」

「秘密。知らなくていい。どうしても知りたきゃ出世して聞け」

 ニーチェは朱唇を尖らせて、次の章へとページを繰った。

 じ……次回に続く!

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