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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
持ち込まれた大釜
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聞いてるのか聞いてないのか

 本編です。「んー」とか「うー」とかの返事は聞いているのかいないのかわかりません。

 きっとこっちの声は音として耳に届いてはいるんだろうけども、それに対する反応が薄いので、言葉が意味を持って脳に入っているのかどうか不安になりますよね。

 階段を駆け上がり、事務所へ戻ると再びユングがべっちょり潰れていた。夏バテする半人、この国では珍百景でも何でもないが声に出してみたくなるフレーズだ。

「何か感じ違ったけどいつも通りの人でしたね」

「まったくだよ。いつか殺人教唆と幇助で捕まれ」たまたま目に入った窓は青空をオレンジ色へ変え始めていた。「晩御飯どうする?」

 視界の端でぱたっと黒い尻尾が跳ねた。寝返りと呼べるのかはなはだ疑問だが、潰れる頬が右から左に変わったのだろう。そんなにだるいのか。これは考えなくてはなるまい。うーんたとえば、お医者様に行ったらお薬がいただけるかしら、とか。

 まっ、それはそれとして。

「ねー、晩御飯どうするって聞いてるんだけど」

「何でもいいですー、しいて言うならつるつるしたものがいいですー」

 なんでもいい、か。それが一番困るんだよなー……イルマは冷蔵庫のドアを開けた。

 いつもならユングの尻をぶっ叩いて米を研がせたりするところだが、そんなに腹が減っていないのはイルマだって同じだから手間のかかる料理はもちろんしたくない。あり合わせでさくっと済ませたいところだ。

 とは思うものの、作り置きのおかずなど今すぐ食べられそうなめぼしいものはとくになかった。しかし、麺つゆがある。卵もある。野菜室にショウガ。ミョウガ・キュウリは代用品を含めない、か……。次はシンクの下の戸棚だ。

「おっ」

 睨んだ通り、そこにはそうめんがあった。さっそく鍋に湯を沸かし、麺を茹でる。麦の煮えるいい匂いが立ち上った。色で言うと温かい灰白色だろうか。無理に色に例えるとおいしくなさそうだが。

 やはり換気扇がうるさいような……明日あたり掃除しようか。ついでに五徳周辺も思い切ってピッカピカに磨いてしまおう。

「あー。そうめんですかー。すきですよー。ちべたいしー、たべやすいー」

 助手のような何かがスライムの一種のようになっているが、放置した。あのスライム感は大福餅じみたほっぺが潰れてるせいだよ。きっとそう。あんまり気にしたくない。

 茹で上がったそうめんを一旦湯から上げて、新しく水を張り、めんつゆを出汁がわりにみそ汁を作る。おろしたショウガをちょっと加えて、茹でたそうめんを放り込み煮ながらなじませる。

 ウルトラ手抜き具ナシにゅうめんの完成だ。

「はーい食べて食べてー」

 言いながらも自分も箸を伸ばす。なかなか、つるつるの仕上がりだ。

「あれぇ?なんか思ったのと違いますねー」

 冷たいアイツが恋しかったらしくぶつくさ言いながらもひとまず温かいコイツを口へ運ぶ。彼の言った文句はこれが最後で、この後黙々と箸を進めていつの間にか食べつくしていた。

「食欲あるじゃん」

「あれ?」指摘すると、食べ終えたことに今気づいたように手元を見下ろした。「ほんとだー……割と食べられるような、ですね。先生、おかわり!」

「わがで入れてきな」

 あまりにゅうめんは残っていないが、私はお前の母親でも家政婦でも嫁でもないぞという気持ちを込めて言う。先生は冷たい、とかなんとか愚痴を垂れながらにゅうめんをお椀に盛って帰ってきた。

 何が冷たいだ、料理したし配膳だってしたじゃないか。贅沢がしたいなら家政婦の一人でも雇え。いや、やはりそれも嫌だな。知らない人がずっといるの気持ち悪い。イルマは食器をシンクに下げて、パジャマを取るのに上へ向かった。

「お風呂、溜めながら入るから。私が上がったらすぐ入ってよ」

「はーい」

 わかっているのかいないのか、やっぱりさっぱりな返事が返ってくる。先行き不安が山積みだ。外はあんなにじめっとしているのに、箪笥から引っ張り出したパジャマからは乾いた匂いがする。箪笥の乾燥剤って偉大だ。

 窓の外では朝顔の葉としぼんだ花のぼやけた影が無彩色にわずか青や紅色を混ぜて揺れている。まだ夏は終わらない――奴らは秋口でもまだ青々としているが、そんな気がした。

 実際終わらないのである。お盆が来て水辺にはもう近づけないとはいえ、それでも8月の半ば。暦の上では9月からが秋だが、この時期もあまり夏と変わらないと思う。変わるのは学生の動きだ。休みが終わる。

「お風呂入るからね!続けて入ってね!」

「はいはーい」

「本当にわかってるんだろうね!?」

「わかってまーす」

 怪しいが、ひとまず風呂に入ることにした。続けて入らなかったらそのとき言えばいいだろう。もうしーらないっと。

 なお、「■■お願いね!」みたいな感じで頼みごとをしたら「んー」と返されて、了承されたものと思って数日後、頼み事は達成される気配すらなく、本人にそれを確認したら「は?知らねーし。は?何言ってんの?」とか言われたのはありんこであります。

 聞いてないんかい。せめて「忘れてた」って言えよ。ありんこだって木石じゃあるまいし何か感じるんだぞ。

 よくあることなのかなあ。

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