ほほえみ 2
2です。本編です。
「……同じニュースでさ、お前とセジャの関係が不適切だったんじゃないかみたいな話があったんだけど、実際どうなの」
ほら来た。イルマは渋い顔をしつつ答えた。
「事実無根だよ。ししょーは巨乳が好きだったんだっつーの」
「あー、そうなんだ。よかったよかった、ほんとなら万死に値するからねえ」
驚いて政治屋を見る。こんな殊勝なことが言えたのか。人道的とか、倫理とか、そういったものから一番遠い人のイメージだったが、認識を改めねばなるまい。
「いくら弟子ちゃんでもセジャに性的な意味で愛されるなんて、万死に値するよ」
「私がかよッ!」
倫理、やっぱり遠かった。エメトの生息地からの距離に、地球七周半どころではないものを感じる。エメトが宇宙出身であるかのようだ。
イルマはこっそり、エメトの首から下がタコのような触手になった火星人のような何かが「我々ハ宇宙人ダ」とか言いながら光線銃か何かをこっちに向ける姿を想像した。
ああ、人類は絶望だし違和感はストライキだ。ひどいひどすぎる。
「今回の悪霊はかなり優しかったよね」ぶぶ漬けを食べてまだ居座る客は話し続けた。「街一つ壊滅するだけで済んだし、乙種二人投入して倒せたし。過去の記録を見る限り最小の被害だ」
「うん知ってる」
まだ何か喋る気か。もう勘弁してくれよ。生返事をしたのはそのあたりの心情だ。
「ただ、意外とね。ミンチよりひどいことになってるのもけっこういるからまだ確かな数はわからないけど、死者の数が意外に多くてさ。また報道が過熱しそうだったのを釘打っておいたよ……ったく、感情論で動く奴は手に負えない」
そもそも何で動いているのかすらわからない、もっと手に負えない何かがそう言った。
「感情論で動く奴は困るって点に関しては同感だね」
ほかの部分には言及しない。平和のために、少々の不和は見過ごすのだ。だから、ユング、「お前がそれを言うか」って目をするんじゃない。今心の底に沈めた何かが這い出すだろ。
「ほんとだよー。街ひとつミンチよりひどい状態になるのと、そこから帝都までがずーっと更地になるのとどっちがマシか考えてほしいな。帝都には悪意に反応する結界を張ってあるとはいえ、悪霊に本気出されたら不安はあるんだけどー。結界突破されたら死人の数も死体の数も比べ物にならないんだけどー。大体今度だって避難勧告出したのに逃げなかったのあいつらだからもう知らねって感じ」
「うんうんそーだねー」
あの戦いの裏にそんなドラマがあったとは。しかし非常にどうでもいい。相槌は打つが真意は変わらない。とっとと帰れ。好んで喧嘩売りたい相手ではないが好んで仲良くしたい相手でもないのだ。存在をお互いに忘れられたらとっても嬉しい。
「……だからさ、弟子ちゃんは何も心配しなくていいんだよ」
「うんうん……へ?」
思わず目が点になった。エメトは見る人を安心させるような穏やかな笑みを浮かべている。えーっとここまでの話の要点はと。まずししょーの遺骨。ししょーの性癖。今回の悪霊ベリージェントリー。でも意外に多い死者。それは避難勧告出したのに逃げなかったから。
で、私は何も心配しなくていい。
「えーっと」ある可能性に気付いてイルマは口を開いた。出口は開いているのに言葉がなかなか出てこない。どうぞどうぞお先にどうぞをしあっている感じだ。「ひょっとして、ねぎらいに来てくれた?」
「うん」
その微笑みは極細の無撚糸で織ったブランド物のタオルのようにふわふわしていた。珍しいこともあったものだ。明日は雨かもしれない。
今日までエメトのことを、ことあるごとに何なのかもわからない理想のために暗殺を依頼しに来る厄介な客だとばかり思って来たが、その認識を改める必要があるかもしれない。ひょっとしたら彼の理想は世のため人のためになるのかも。
「……ところでね、弟子ちゃん。ちょっとこいつ殺してきてほしいんだけど」
気のせいだったみたいだ。ああよかった。気づいてよかった。
「なっはっはっはっは、ユング起きな!お客さんお帰りだ!」
追い返した後、いつもより念入りに塩を撒いたら、側溝の蓋が赤茶に錆びていた。前に塩を撒いたところだ。もう少し撒く場所は考えるべきだったなと思う。ここだけ金属板が薄くなって、うっかり踏み抜いたりしたら大変だ。
側溝の蓋が鉄製のひと。雨の日、その上におっきなナメさんが這ってても、食塩大さじ二杯をかけてはなりませんよ。錆が出まくって次の日あたり後悔します。
赤さびって酸化するからだったと思うけど、では側溝の蓋に塩をかけるとどうして錆びるのでしょうか。実際に錆びたんだけども……。ありんこ、文系なもんでわからないっす。