建物の記憶
セリフのない回です。まっ、建物は喋らないからね。
魔導師がこのビルを購入したのがいつだったか、ついぞ聞く機会はなかった。
ただ、おそらく公務員をやめてからだろうと思っている。立地はいいが結局全面改装したのだし、決め手はわからないが、最初からビルを探していたに違いない。それも、きっと「魔法使いは塔に住むものだろう?」とかいう理由で。割と形から入る人だった。
それとも、イルマが古臭くて嫌だと日々思っている金属の上で大げさに跳ねた『朝顔ビルヂング』と、ビル下方に埋め込まれた御影石の『定礎』がひょっとしたら病人には頼もしく思えたのかもしれない。
『定礎』に関してはどこのビルにもあるものだが、ここのは『文字』ではなく『墨跡』だと思う。数多くの例にもれず、白・黒・灰色の等粒状組織に凹状に彫り込まれた文字に黒々と墨が入れてあるのだが、違って見える。
書道の先生のようなというのは少し違う気がするが、傲岸不遜というか、明朗快活というか、ある種のエネルギーを感じるのだ。
あとでカミュをすかして調べてもらった。毎回この人をなだめたりすかしたりして動かしている気がする。足を向けて寝まくっているけどそれはさておき、このビルが建てられたのは丁度高度経済成長期の終わりだったようである。
ありがちな成金タイプのオーナーが親戚の書家が書いた『定礎』を使ったらしい。おいおいそんなことできるのかよと思ったが、あの数字、魔力同様つぎこめば何とかなるのだからわからないでもない。
バブルの時に地価を上げる目的で幾度となく転売されたが、それはオーナーの系列会社のみだったようで、この一等地にあって取り壊されることもなく鎮座してきた。よほど思い入れがあったと見える。
その後建物だけは震災を耐えきり、震災で破産を余儀なくされた最初のオーナーの手を離れて不動産として流れた。今度は震災を耐えきった建物だということで謎の信頼を寄せられ、細かなリフォームをした他はほとんどそのまま利用された。
美容室ができたり、塾ができたり、またある時はヤクザの事務所になってガサ入れを行われたり、様々な職業を経験してきたそうだ。
最終的に病み魔法使いが思い切った改修をして、雑居ビルではなく個人の邸宅として生まれ変わる。その時の業者の前で次に使う人間などいるまいと言っていたそうだから、事故物件もとい終の棲家とするつもりだったようだ。
凛と澄み切ったあの顔貌を延べたままの万年床で腐らせるつもりだった。幸いにもその計算は大幅に狂った。
ここの朝顔は、朝顔ビルヂングだからか、小学生がいたからか、判然としない。
更新は ムリなく多く マメにする……




