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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
快楽の泉
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メシマズ

 本編ですが地獄です。場面がだよ。内容でも執筆環境でもないよ。ここまで旨いものしか書いてきませんでしたが、今回はマズいです。『しっぱい』です。

 ジールが起きてきた時、ニーチェはわずかに肩を落としてフライパンを揺すっていた。朝食はどうやらスクランブルエッグである。

 この日は起きるのが遅かった。いつまで寝ているつもりだ貴様は冬眠するのかとかなんとか毒を吐きながら養子が決まった時間に起こしに来るから、最近ではその時刻に勝手に目が覚める。だが、起こしてくれるひとがいるというのは気分のいいものだ。

 今日もしばらく寝たふりをして起こしに来るのを待っていた。

 しかし、今日は来なかった。ん?まだ寝てるのかな?と思ったが、にしてはパタパタと足音が聞こえる。起こしに来てほしかったが、仕事もあるしいつまでも寝ているわけにもいかないのでノコノコ出てきた。そうしたら、この落ち込みようだ。

「お、おはようございます……?」

「おはよう……」

 毒を吐かなかった。スクランブルエッグを皿に盛って、茶碗にご飯をよそい、黙々と配膳する。スクランブルエッグに、ご飯?不思議な組み合わせに首をひねった。

「いただきます」

 一口食べて、驚いてニーチェの顔を見た。彼はぼんやり、心ここにあらずといった顔で食事をしている。指摘するのはやめよう。別の話をしよう。

「あ、あのう」別の話、別の話と。必死で話題を探す。「人格の統合は、どうなったんですか?」

 スクランブルエッグからは、別の味がした。ご飯によく合う味だった。たぶん、巻きそこなったのだろう。ニーチェには珍しいミスだったが、ジールの中ではそれと人格の統合が繋がっていなかった。

 よって、何も聞かない方がいいかもしれない、なんて賢明な判断はできなかったのである。

「……だめだった」

 正面からでもほとんど聞き取れないほど小さな声だった。思わず、えっと聞き返す。

「できなかった。俺には、まだ早い」

「そう、ですか」さすがに地雷だったことに気付く。「あ、あのっ、おいしいですよっ。スクランブルエッグ!」

 ニーチェは目を上げて、そのままはらはらと涙を零した。

「……出汁巻き……」

「ま、まああああっ」


 ジールの弁当箱は二段になっている。上の段がおかずで、下の段がご飯だ。

 そんなお弁当の、そぼろご飯と思しきものと綺麗に巻かれた卵焼きにもやしとほうれん草を炒めたものが入っている上段と、白ごはんが入った下段を並べているジールに、お局様が訝し気な目を向ける。しかもそぼろにデミグラスソースがかけてあるんだから仕方ないだろう。

 もちろん、これはそぼろご飯ではない。調理者の心の乱れによりそぼろ状になってしまったハンバーグである。ついでに、卵焼きも違う。味はスクランブルエッグだった。うっかり巻いてしまったのだろう。

 大丈夫、わかってるから。これは牛そぼろじゃないって。ハンバーグだって。そんな気持ちを込めて、ご飯にかけることなく頂いた。

 ハンバーグがぎっしり詰まっているんだと思ったら、下の方に野菜炒めが潜んでいた。ちょっと裏切られた気分だぜベイビー。

「なあジール」例によって給湯室に呼び出した上官は心配そうに口を開いた。

「ニーチェは、昔の記憶があるとはいえ中身は子供だし、体も大きく作ってあるだけで子供の体だからな。さすがにもう赤ん坊ってことはねーが、まだまだ。幼稚園児みたいなもんだ」

 最初、何の話か分からなかった。はいはい、わかってますよと聞いていた。

「わかってますって。それで?」

「いや、……お前、人格の統合はまだなのかとか、どうなったかとか、そういうこと聞いて変なプレッシャーかけそうだからな」

 さあっと血の気の引く感触があった。カタカタ震えながらさりげなく給湯室を出ていこうとする腕を掴まれる。もともと色黒な上官の顔は真っ白になっていた。

「ひょっとして……もうやった、のか?」

 まさにその通りで、笑うことすらできなかった。

「はい……今朝、まさに地雷を踏み抜いてきました……」

 そうか、そうだよな、と笑みを浮かべた直後に、はぁ!?と悲鳴のような怒号を発し、上官は頭を抱えた。

「オイオイオイ……!勘弁しろよッまったく!また体壊すぞ!いや、最悪体は替えがあるからいいんだが……そうじゃなくて!バカかよ!?人格の統合妨げてどーすんだよ!いつまで経ってもあいつ現場投入できねーぞ!?いいのか!?いいのかよ!え!?」

 久々に浴びたお叱りの嵐に亀のように首を縮めてひたすら耐える。

「そ、そんなに怒鳴らなくても。だってあの子、仮面があるじゃないですか……現場には投入できるのでは?」

 上官は怒鳴るのをやめて、すぐには答えなかった。そうだ私が正しいんだ、とほんの少し自信が出て、顔を上げる。

「おま……二重人格って、厨二ニュアンス含んでるから見過ごされがちだが精神病だぞ……?それを放置?しかも利用だ?よくそんな酷いことができるな……サイコかよ」

 脳死した神をいじくり回して、死んだ人間の魂を使って新たな鬼を作り出した男が、何か言った。

 卵焼き、巻くの意外と難しい。出汁巻き?はぁ、ありんこオムレツ派なのでよく知りませんね。あははは。

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