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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
快楽の泉
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食欲の秋にはまだ早い

 本編です。食べます。

 安売りをしている売り場を回り終えると、「そこのフードコートに寄りませんか」とユングが言い出した。もうすぐ三時だからだろう。自分の胃袋と懐にも相談してみる。

「じゃ、クレープ一つね」

「はーい」

 店の前で少し悩んで、イルマは『期間限定』とあったゆずシャーベットのクレープを頼むことにした。ユングはとっとと何か頼んで席を取っている。値段とかで悩まなくていい分仕事が早い。

「何にしたんだい」

「イチゴと生クリームのやつです。冷たい系は、懲りました」

「あ、そう」

 学習能力はあった。

 紙で巻かれたクレープの細い円錐の底面に歯を立ててかぶりつく。まだ温かい薄めの柔らかな生地が破れて、冷たい酸っぱいゆずシャーベットが口の中へ崩れてくる。砂糖のほかは実物にごく近い味だ。

 レモンの香気はトパーズ色というが、ならゆずは何だろう。同じ柑橘類でもレモンより優しいような気がするし、蜜柑より透明だ。それより先はわからない。育ちを見てもわかる通り、宝石には詳しくない。

 ざくざくと歯に触れたのはコーンシリアル。穀物の香ばしさが透明な柑橘の香りと一緒に鼻へ抜けていく。

 主に懐の諸事情からたまにしか食べないが、食べるとおいしい。クレープは尊い。古代人に食わせたら宗教が生まれるのではないだろうかとたまに本気で思う。がつがつと餓鬼のごとく頬張り、明日を待たず消える満腹感を残らず胃に納めた。

 正面でユングが呆けていた。

「……一瞬ですね」

「おいしかったからね」

「まるでカミツキガメだ……」

「勝手に爬虫類にするなよ。ていうか君が遅いのさ」

 民宿の夕飯は炊き込みご飯だった。タコだ。ただし、少し大きめの。

 さてさて、恒例の魔物図鑑のお時間だ。皆さま、しばし目を拝借。

 クラーケンという魔物がいる。丸い胴の上に頭部、その上に足を八本持つ海の魔物である。巨大な体を折り曲げたり縮めたり色を変えたりして岩陰などに潜み、気づかず真上を通る餌を待つ。知能は高く、魔法を操る個体もいる。

 嗜好性は人類からすると極めて異常で、古びた木材や分厚い布を好む。そう、ちょうど昔の船のような。そうはいっても木材や布を食べたところでほとんど養分として吸収されはしない。多分、海では珍しい食感が病みつきになるのだろう。

 要はでっかいタコである。よって、習性や生態も割とタコに似ている。

 つまり幼体の時期があるのである。このころはサイズもタコと変わらない。せいぜい3メートルくらいである。もちろん大きくなりすぎると大味になるので、この3メートルの時期が最もおいしく食べられる。

 味の方はタコより少し臭みがあるくらいだが、一方でタコ以上に弾力に富む食感とおいしいダシを持つ。どのみち刺身より炊き込みご飯やお吸い物、タコ焼きになることが多い食材……魔物だ。

 海は広いが、彼らがよく見られるのは人間界ではほんの一部、コルヌタのしかも魔界側の沿岸部である。平均して、週に一体くらい水揚げされ、その倍の確率で目撃される。

 コルヌタは人間界側にも小さな湾をもつが、こちらにはあまり出ない。捕獲されるのもせいぜい二か月に一体である。しかもここを過ぎると全く見ないと言っても過言ではない。そう長い距離を移動する魔物ではないのだろう。

 ダシでほの赤く染まったご飯粒の塊を箸で掴んで口に運ぶ。こちらはちょっと固めだ。粒の食感と染み込んだダシの味わいが口内にふわふわ広がる中からタコの吸盤がこりこり顔を出す。噛めば噛むほど茹蛸の、牡丹色の香味がどこまでも続く地平線を見せる。

 まあ何だ、つまりは……うんまい。

 例によって貪る。なぜ箸がそのまま口でないのだろうとやきもきしながら、掴む。口の中へ突っ込む。

 口に入った幸せを噛みしめるだけでは飽き足らない。噛み砕き、飲み下し、臓腑を満たしておのれの血肉へと変えるのだ。付け合わせだからって海鮮みそ汁も忘れてはいけない。塩味。何と米及び海の幸と相性がいいのだろう。

「くうーっ!最高だね、塩化ナトリウム!」

 何やら訳の分からないコルヌタ語を口走りだした自分の口を下に見つつ、脳はさらなる刺激を求めて箸を動かせ飯を食えとひたすら命じる。

 ああどうしてこんなにおいしいのだ、無機塩類。これからは有機物だけでなく無機物も重んじていきたい。というかもはや思考が邪魔だ。今は食べることに集中したいんだ。黙っててくれ。

 ……。

 !

 !?

 ……!

 ……、……。

 次回に続く。

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