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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
愉しい、日常
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私服の時

お仕事ばっかりなので休養回です。みなさん有給取ってますかー?取ってない?え、取れてない?……聞かなかったことにしよう。

「先生!先生起きてください!観光地ですよ!観光しますよ!」

「んむ……」

 元気すぎるユングの声に目を開けた。時計を見る。12時過ぎ。本当に昼まで寝たものらしい。くあ、とあくびをして立ち上がる。

 今日のユングはベージュのカーゴパンツにカーキのパーカーとラフな格好だ。パーカーのジッパーが斜めになっているのが一つ珍しいが、どれも量産ものの特徴のないファッション。

 ポリエステルいくらいくら、その他いくらいくらだろう。髪を後ろで結んでいて、いつもの黒縁めがねだからその辺のガリベン高校生にしか見えない。

「……ユングの最終学歴って何だっけ」

「幼稚園中退ですけど。ところで先生、浴衣全開ですよ。寝る時ってスポブラなんですね。へえ。で、早く着替えたらどうです?」

 わかってるよもー。ぶぶぶぶ、とむくれて鞄の中から私服セットの入ったスーツケースを引っ張り出す。

 この鞄は魔導師試験に受かると国から支給されるアイテム、ブラックボックスだ。10年くらい前に、腹の袋に入るはずのない大きさと量のモノを詰め込む習性のある魔物の研究をしていた研究者が、思いつきで作ってみたものの改良版だという。

 内部には六畳一間ほどの広さの空間があり、ここに何を入れたとしても1,5キログラムほどの重さにしかならない。

「……あのさ、目をそらすとかないの?」

「女性の裸は見慣れていますので。そもそも、こんな貧相なオブッ!」

 しかし、その代わり、何も入っていない状態でも常に1,2キログラムの重みになってしまう。鍛えていてもけっこう重いから、魔導師は腰にくくりつけていることが多い。

 ホルダーの付け替えなどで肩掛けにもリュックサックにもトートバッグにもなるのにもったいないと思う。

 大体、六畳一間って人間でも入れない限り埋まらないじゃないか。それに専用の掃除セットが別売りなうえに使い切り、それに高いから死体とか入れたくない。四畳くらいでよかったのではないか?

 そしたらもうちょっとくらい軽くなっただろうし……。

「いこっか、ユング」

「はーい!」

 腫れた顔を魔法で治癒しながら、それでも元気に彼は返事をした。誤解を避けるためにイルマは決して貧乳や微乳の類には入らないことを記しておこう。年相応なだけである。

 イルマの私服はブルーグレイのワンピースだ。上半身はまあまあタイトに作ってあって、動きやすいが邪魔にならない絶妙のバランス。スカート部分はAラインで、左右に淡いマゼンタの伸縮生地で切り替えが入っている。

 胸元を飾るループタイは革ひもとUVレジンで手作りしたお気に入りだ。レースの着いたくるぶしまでの白い靴下と、ちょっとヒールのある編上げのショートブーツ。

 いつもそのまま流している髪は形見のヘアクリップでハーフアップにする。革の重い小さな鞄はリュックサックにして背負う。

 ……その辺にいそうな休日のお嬢様系中学生だった。

「先生の最終学歴って何でしたっけ?」

「小学校だよ。中学は登校拒否だよ。あ、飲泉だって。飲んでみよっか」

 まずかった。鉄臭いというか苦いというか、ただまずかった。無言でユングを促す。何か面白いリアクションをくれよ。

「あっ、やっぱり湯船のお湯とは味が違いますねえ」

 今何と言った。びっくりしてユングの顔を覗き込む。

「えっ、飲んだの?」

「吸いあげましたけど。光合成するから」

「……あ、ああ、あーそうだったね。そうだったっけね……うん、びっくりしたよ」

 先生変なの、と笑う。一応、普通の人は光合成しないからそういう話はしない方がいいよと言っておく。

 さすが観光地、試食コーナーとお土産売り場が軒を連ねている。あれだーこれだーと駆け回る。さすがにはしゃぐのにも疲れたので古城跡に建てられた鉄筋コンクリートの城を見ながら二人でベンチに座ってアイスを食べる。

「おいしー。ユングってさあ、魔界でもこういうことしたの?」

「いいえ。祖母の領地から一歩出れば戦場でしたし、祖父の死後は滅多に」彼は顔をしかめた。「この食べ物、頭がキーンってします……」

 アイスだからね。唇でしゃりしゃりと冷たいドームを崩す。

 冷たいのが苦手なのだろうか。ユングも光合成とか窒素固定とかしているようだし、植物ベースの魔物なのだろう。となると冷害みたいなものなのか。なるほど。

「かき氷みたいなものなんですか」

「大体そうだね。かき氷は食べたことあるんだ?」

「一度、祖父が湖を凍らせて祖母が砕いて三人で食べたことがあります。たまに混ざってる小魚がいい塩梅でしたね」

「何それちょっと食べてみたいかも……それってさ」

 かき氷というにはいくらなんでも豪快すぎる思い出だと思う。かき氷っていうのはもっとささやかなものではなかったか。ゆっくり師との思い出をたどる。

 それは陽の光がさんさんと降り注ぐ夏のことだった。ブラインドを閉じて光を遮っている。エアコンはつけないまま、30度を超える室温を耐え抜こうとしている病人。馬鹿だと思う。いや馬鹿だ。馬鹿なのだ。

 だからこんな馬鹿げた挑戦をしているのだ。

「馬鹿だと思っているだろう」顔をしかめたままひらひらと手で風を扇ぐ。色の抜けた金髪が汗であちこち貼りついている。

「だがな、俺のせいではないのだ……あまりの暑さで発電所がストを起こしたとかでな、電力供給がストップしているんだ。今朝もあちこちに電気を配ってきたところだが……悔しいことに、もう俺にはここの冷房をつけるほどの魔力が残っていない」

「え、でんりょくきょうきゅ……どういうこと?」

「簡単に言うと停電だ」

 そんな、と白目をむく。ストライキ、何とも迷惑な。めまいがする思いだった。この気温では冷蔵庫の中身も終了のお知らせだろう。

「だから、今からかき氷を作る。お前はまだ幼い……この暑さで死にかねないからな」

 空気中の水分が彼の手元に集まり、ソフトボール大の氷塊を作る。それをグラスに放り込むと、手元のアイスピックを振り上げ、打ちおろす。ただそれを繰り返す。がりがりと氷塊がかき氷に変わっていく音を聞きながら。

「ししょー、私の記憶違いじゃなければなんだけどさ。っていうか、多分そうなんだけどさ」

「何だ……言ってみろ」

 何か別の音を思い出していた。もっと湿った、柔らかい音。さっきまでとは違う汗が首筋を流れ落ちる。体感温度が大分下がった。

――さあ吐け。口は無事なんだろう?

 ゆっくり戦慄の思い出がよみがえってくる。

「それってさ、麻薬密売?とかだっけ、そういう組織のおじさんの……」

「ああ、麻薬密売であってるぞ?どうした?」

 あってた。あってたんだ。がりがりという音に心がくじけそう。

 次に思い出したのは血の臭いだった。頑強そうな男が仰向けに横たわっていて、手足が太い釘でコンクリートに打ち付けられている。その上に、どっかり魔導師が腰をおろしている。

「おやあ?これは妙だなあ。さっきは、この公僕崩れがー、とか、ガキ連れてきやがって、ロリコンかよとか、色々話してくれたのに。電池切れか?電池切れするタイプなのか?」

 ばちばちっと放電の音が聞こえた。横になっている男が悲鳴を上げる。多分スタンガンだろう。

「おお、充電はできたらしいな?じゃあ次は俺にわかる言語を話してもらえないか、なっ?」

 ぶつっと嫌な音がした。そしてその音は断続的に続いていく。

 男がとうとうやめてくれと言ったのは左の太ももが蜂の巣になった後だった。そこを中心に血だまりが広がる、はずなのだがそこにとどまる。結界か何かで止めているのだろう。

 やがて男は十数名の名前を連ねた。魔導師が楽しそうに笑う。

「足りないな。組織末端の安い名をいくつ重ねたところで価値は何も生まれないだろ?そのくらいはわかってると思ったんだがなー。あーあ、勿体ないがこれで右も蜂の巣だ。残念」

 再び、あの音が重苦しく響く。男が何か言った。

「聞こえないな?もっと大きな声ではっきり発音しろ。ああ、もう太ももに穴をあける余地がないじゃないか」

 血と脂がこびり付いたアイスピックを適当に拭う。しばらく考えた。

「次は目だな」

 ぐちゅっ。ぐちゅ、……あっという間に目だったものがスクランブルエッグになっていく。悲鳴を聞きすぎて耳がマヒしてきた。

「ししょー……アイスピックはそうやって使う道具じゃないよ」

「ダメか?便利だぞ、わりとどこにでもあるし」

 と、いうのが、氷を削る記憶の一カ月前のことで。それを話すと師はいぶかしげに眉を寄せた。

「どうした?……今は正しい用途に使っているではないか」

「あー……うん、そうだね。そうだよね。そうなんだけどね。私が言いたいのはね、おじさんを拷問したのと同じアイスピックでつくったかき氷を、食べたいかっていう、ね」

「洗ったと思うのだが」

「そういうことじゃなくってさあ……ししょーってホント鈍いや」

 そもそもかき氷機でやれよ。ないのかよ。

「よいではないかよいではないか。さあ、たんとお食べ?」

 ……味は覚えていない。このあたりの記憶をたどると体感気温はけっこう下がるので便利だ。

「僕のとこのかき氷がどうかしましたか?」

 ユングがにゅるっとアイスを吸いこんで覗き込んできた。イルマはまだちょっと上の空である。

「うん、ししょー。アイスピックは、清く正しく使わないといけないね」

「いきなりどうしたんですか……清く正しくとか、らしくもないこと言っちゃって」

 別にー。歯を剥きだして笑う。溶けたアイスでふやけたコーンの残りを口に入れてもっちゃもっちゃと咀嚼する。おいしい。

 ユングのほうはまだ、アイスピック?と首を傾げている。氷を砕く以外の使い道を思いつかないのだろう。

「そもそもあれって、相手の動脈に突き刺して素早く抜いて失血死を狙う武器でしょ?」

「うー……うん、そうだったね。」

 残虐性の師匠、意外性の助手。イルマの周囲の男たちは個性豊かだ。

どんどん面白おかしくなりますよ。大体察しがついてきたと思いますがこの話、王道ファンタジーの皮をかぶった王道ファンタジーものです。目指せ、純度100パーセント!次あたりで登場人物の紹介など予定してます。

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