足りないもの
お久しぶりです、本編です。ありんこに足りないのは圧倒的に『時間』ですね。文化祭の準備忙しいです。
合流するとユングが何やら疲れた顔をしていた。彼もお年寄りに絡まれたらしい。
「どこの学生だねって聞かれたから、学校は行ってません仕事してますって言ったら父親が死んで母親が病気してる謎の設定が付け加えられたあげく、それでも勉強はせんといかんって怒られました。疲れました」
卒免取ってるのにとぼやく。卒免とは大学卒業と同じになる免許のことだ。魔界からでも取れるのか、あれ。
「サスペンスの犯人を彷彿とさせる生き物になってるね。私はうちの孫とおんなじくらいって延々愚痴聞かされたよ……若者、珍しいんだろうね」
「ですかね。……両親ならとっくの昔に交通事故死だっつうの。やれやれですよもー」
十分サスペンスの犯人だよ。車作った会社か何かの人が被害者のやつだよ。イルマは呆れたが何も言わなかった。人の心を抉るような凶悪なボケやツッコミを繰り出すのはどこかのサイコ政治家だけで充分である。
今出てきた建物の出入り口前の時計を見た。いい時間だ。そろそろご飯にしよう。
北の四天王スカイコフィンへは少し遠く感じた。距離はそれほどなかったのだが、坂になっていた。施設の周囲を通学路にありがちな薄いオレンジ色みたいな、一種のアスファルトで人工的に盛り上げているのだ。
老人的にはどうなんだろう、これ。足腰にいい感じの刺激が加わるということなのだろうか。雨の日滑って転びそうだけど。
道すがら、普通の人間のイルマにはわからなかったが、いい匂いがするとユングがはしゃいでいた。金持ちな上に光合成ができるのに、彼のこのすさまじい食べ物への執着はどこから来るのだろう。
昼食は温泉料理のフルコースだ。井戸の底の温泉から上がる蒸気で蒸したカボチャやジャガイモなどの野菜。本命、温泉卵。最後に温泉の熱でゆっくり煮込んだ参鶏湯。健康志向と言えば聞こえはいいが、若者としては物足りなさを感じるメニューである。
温泉料理たちはまさかの別料金だったが、ユングが平然とタグをかざして二人分払ったのでどうにか価格は見ないで済んだ。そんなものを見たら札束を食べている気分で味もわかりゃしない。
野菜はほくほくとした食感に柔らかな甘みがあった。おいしい。ただし、このおいしさが温泉で料理したからなのか、いい野菜を使っているからなのか、蒸した野菜はおいしいものなのかわからない。
蒸した野菜なんて普段食べないし、家で食べる野菜などスーパーのお安いものである。違いはありすぎて貧乏人にはどれだかわからない。
「どうだい、豪農の坊ちゃんの評価は」
「おいしいと思いますよ」意外に甘口な評価が得られた。温泉料理、侮れない。「何より、これ、いい野菜を使ってます。蒸し野菜に限らず、何にしてもおいしいですよきっと」
「ああそうなの。野菜だったんだ、おいしいの」
「もちろん温泉成分もあるはずですよ!?露骨に落胆しないであげてください」
ただ、蒸した野菜にちょっと塩をかけただけの味付けは若者には物足りなかった。いい野菜なのはわかったが、素材の味を楽しむのはいいのだが、それはそれとしてマヨネーズが欲しかった。この料理に足りないのは、そう、カロリーだ。
『受験』と『最後の文化祭』……両方こなさないといけないのが、現役生のつらいところであります。空いた時間でぼちぼち更新していきます。