しゃべくりコンビ
本編です。あー温泉行きて~。
「じゃあ最初は一番遠くの温泉から回りましょうか。となると」マップを開いて指し示す。「えーと最初は……『深森の咆哮』?ナニコレ」
「おそらく『グリーンロア』だね」
深い森は緑色、ということだろうか。帝都をはじめこのあたり、地元だと森は照葉樹林である。イルマのイメージでは深くなるほど緑よりは黒くなるものだが……いや、コルヌタは南北に長い。深ければ深いほど緑になる明るい夏緑樹林だってあるのだ。深く考えるまい。
「その近辺に歩いて回れそうなのがいくつかありますよ。『星霜の時は経ずとも闇は覆う』『ゲヘナに横たわる子羊』……両側に十字マークつきそうですね」
ゲヘナ?カタカナ語をさらにカタカナ読みするのか。わからないな。
「なんだろう……思い当たらない……あまり有名どころじゃないのかな」
「何でしょうかね。わざとですかね、この中学二年生みたいなセンス。これなんかひどいですよ。『仄暗い窯の底』って。怖がらせたいのか笑かしたいのかどっちかにしてほしいものです」
女神教では地獄が巨大な窯に見立てられるそうだが、無宗教だとおこげや炊き込みご飯でおいしそうなイメージだ。つまり、そこで出てくるのは料理だ。
「それはたぶん『スカイコフィン』だね。そのエリアでぐるぐるしてたらいい時間になるだろうから、そこでお昼にしようか」
「はーい」
グリーンロアの外側は何となく和風だった。屋根は唐破風を模している。ん?唐破風って、唐風の破風ってことだよね?それ、和風なの?
どうだっていいか。入るところでハーブティーのペットボトルをもらう。薬草から上がる湯気は清涼感のある香りがした。薬草を踏み踏みしながら、座り心地のよさそうなところを探して座るのである。
どこもふわふわしている感じだが、それでもできるだけふわふわなところを探す。
「……何でついてくるのさ」
この薬草蒸し風呂は園内着のまま入る仕様で混浴である。だからユングがついてくるのはある程度当然だが、座ろうとするたびにすぐ隣にいるのはさすがに不気味だ。
「先生を一人にするのはちょっと。一応女の子だし」
「ひとこと余計だよ。私みたいにほぼ女捨ててても一応じゃ女の子扱いされたくないさ」
肩を並べて薬草の床に座る。あまり暑いとは思わなかったが汗がびっくりするほど噴き出てきた。これはハーブティーを配るわけだ。暑いと思わないからうっかり脱水してしまう。
園内着は分厚く肌が透けないが、汗を吸って重くなる。冬には来られないなと思った。
「ちょっと先生。今、ものすごくもののあわれのないこと考えてたでしょ」
「えー?何でわかるの?考えちゃいけないの?」
風流で飯が食えるかと昔の人だって言っているのだ。結局は質実が大事なのである。
「いけなくはないですけど」
ぶー、と肉付きのいい頬を膨らませる。メガネが曇るのを袖で定期的に拭いている。邪魔臭そうだなと思った。探せばワンデーのコンタクトレンズとかあるだろうに。石油王のくせにケチりやがって。
「僕みたいに弱くても女々しくても田舎者でも、やっぱり女の人にはそれなりにお上品なこと言ったり思ったりしていてほしいもんですよ」
むくれているくせにいやに得意げな顔をしている。どうやらさっきの意趣返しだったらしいことに気付いた。じゃあちょっとそれっぽいこと考えようかな、と笑う。
「でも何考えたらお上品なのかわかんないや」
師もその血筋と顔面はともかく、暮らしぶりとしてはごくごく一般的なそのへんのおっさんだった。真夏に懐が切なくなると麻のステテコにランニングの半裸で光熱費を削る男だった。肌弱いくせに、無茶しやがって。
で、そんな男に育てられたイルマの感性も品性もたかが知れていようというものだ。まるでダメとは言わないが、あまり期待すべきではない。
「ですよね……ちなみに、さっき詳しくは何考えてたんですか」
「そこまではわからないんだ。いやね、ずいぶん汗かいたろ。それを作務衣が吸うから、冬に来たら外に出た時体が冷えちゃうな、来られないな、春や秋なら根性で行けるけどって思ってさ」
冷える?首をかしげてくるので昨日君がかき氷食べ過ぎてなった症状のことだよと補足する。ユングが遠い目をした。
「ああ……それは、つらいですね」
「だろ」
ちょうどそのときどこかから「うるせえよ」と怒声が上がり、微妙な沈黙が二人を包んだ。そんなに騒いでないどころか小さい声で話していたけどうるさかったなら仕方ない。
言ってる方がうるさいけどそれはわざわざ言うことじゃない。ししょーじゃあるまいし。若者の声がたまたまよく響いたのだろう。リア充は爆発させたかったのだろう。全然違うけど。
行楽シーズンでちょうどいいかなと思ったら、この時期には学校行事が固まっているのでありました。