寝起き
本編です。温泉はまだかーっ。
テレビ横のアナログ時計をちらっと見た。いい時間である。イルマはトイレを済ませ、机を隅へ寄せて布団を敷いた。明日も早くなる予定だから少し予定を早める。
布団の上に身を投げると大手の旅館とは違う匂いが新鮮だ。枕はふわふわが好きだが硬めもまた至高だと思う。この安心感は硬めでないと味わえない。枕元のリモコンに手をやる。
「電気消すよー」
「はーい」
電気を消してしまうと民宿の広くもない部屋が涼しく心地よい闇の底に沈んだ。網戸を夜風が吹き抜けて、しゃりっと麻のシーツが冷たい。眠い人間に特有の甘い匂いは自分か、ユングか。
お腹が冷えないように肌掛けを胸元まで引き上げた。熱を持つ両手はその辺に放り出し、眠る姿勢に移る。
その時、指先に生暖かい感触があった。柔らかいようで、硬い。何だろうと首を巡らした。
「先生」
眠そうに潤む、空色の目が闇の中でも光って見える。ひょっとすると光っているかもしれない。なんの用、と回らない舌を回して触れてきた指を押し返す。相手は押し返す指に絡みついてきた。ほっといてくれ、私は眠いんだ。
「ああ、大丈夫です、先生は寝ててくれても。……あの、手、握ってていいですか?怖くて」
「右手さんには左手さんがいるでしょ……」
「そんな冷たいこと言わないで……ね?」
イルマは顔をしかめた。眠いのに話しかけてくれるな。うっとうしい。私は寝るんだ。お前なんか知るか。
「……好きにしな」
うなるようにつぶやいて、眠気に溢れる意識は暗闇に呑まれていった。夢を見ない、深い眠りだ。
波の音で暗い水の底からわずかな明かりを見たような気がして、目を開けると朝だった。民宿の部屋の壁が見える。
暑い。重い。腹に何か乗っている。呻いて腕を動かすと、何か弾力のある重いものに触れた。視線を下ろすと腹部にはユングの腕が乗っかっていた。本体は隣の布団でイルマ側に少し寄り、大の字になってすうすう寝息を立てている。
えいやっと腹の上の腕をはねのけて布団を脱した。浴衣が寝乱れているのを脱ぐ。ちゃんと下着をつけて服を着る。ジーンズのショートパンツに上が大きめのTシャツと見えてもいいキャミソールと、適当に着ても今風に見える手抜きの決定版だ。
手抜きなのだが、いろいろ考えてコーディネートするほどセンスがないからしょうがない。それっぽく見えればいいのだ。
トイレを済ませ、目やにをぬぐってばちゃばちゃと顔を洗う。ぼさぼさになっていた髪をブラシでがしがし手荒に梳いて体裁を整えた。
人心地ついたところでユングの観察に移る。
珍しく白目も剥いていなければ口も半開きになっていなかった。ただ目を閉じて大人しく眠っているだけだ。首から上に限ってだが。本体は大の字である。
こうして見ると意外にまつ毛が長い。表情が消えて特徴が浮き彫りになるようだった。通っているが低い鼻筋や顔のパーツの配置は何となく師を思わせる。血縁があるというのは確かだろう。王家の端くれとすればそうかもしれない。だがそれを入れても信じたくない部分があるのだった。
あのフロストの孫がこんなだとか、悲しすぎるだろう。
筆が遅いの展開が遅いのと、どっちから直すべきなんでしょうか。ていうか直るんでしょうか。