劫火と温泉
やっと更新です。読んでる人いる?いない?そっかー。いいんだよ別に。うっうっ。
死体ネタ、ひっぱりたい。
死体をぞろぞろ歩かせて、森を超える。森を抜けてしばらくすると開けた空き地があった。ここがいいだろう。ゾンビを振り返る。
「さあみんな、ここで並んでね」
言われた通り彼らは升目状に整列した。おおー、とユングが嘆声を上げる。支配率を上げておけばさほど難しいことではないのだが、知らない人は知らないのだ。仕方ない。
こーん、と杖を突き立てる。
「オニビさん、来て」
ほどなくして彼女の正面に揺らぐように男が現れた。
土気色の肌をした、亡霊のような男で黒い革のコートを身につけている。ハーフアップのようにまとめられた首元くらいまでの髪は黒く、若白髪が混ざって斑のある灰色だ。血の気のない額にかかる長い前髪の隙間から三白眼がのぞく。
その下には黒々と隈が刻まれ、全体的には貴族的で端正な顔立ちをしているのがかえって不気味だ。陰鬱なオーラが空を覆う。
こんなでも彼は天国の死者、英雄で善人だ。
「死体の焼却かい?」高貴そうな笑みを幽霊のように力なく浮かべてオニビは言った。うん、と頷く。
「最近、僕の仕事はこんなんばっかだな。前回は火力発電所だっけ?死人使い粗いよね」
「ごちゃごちゃ言わないで仕事しなよ、もう」
むう、とむくれて言うと乾いた笑いが返ってきた。
今日はずいぶんご機嫌だ。ちょっとでも気分が悪い時はすぐに「申し訳ございませんー、全部私が悪いんですー」とかぬけぬけと言ってくる。
彼は炎を手足のごとく操る。イルマが契約している死者の中ではトップクラスで戦闘向きだ。
炎と一部体術以外は使えないから汎用性が低いのが一番惜しいところ。たとえば森の中で呼び出して戦わせると森が火事になる。一応コントロールは完璧なのだが、火力が火力なのだ。本気を出せばコルヌタの国土は半減するだろう。
じゅわっ、と音がした。空き地の植生を上から三センチ巻き添えにして死体が消し飛ぶ。閃光からさりげなく目をかばう。再び目を開けるともう炎の痕跡はほとんどなく、所々煙が細く上がるだけだった。彼の炎は炎すらも焼き尽くす。
心配なのは苦情の多寡だが、今回はあまりなかった。風向きもあったかもしれない。
「……っはー、一仕事終えた後の露天風呂は最高だね。そう思わないかい、ユング」
だから、朝の7時から穴場として有名な温泉旅館で無料で、貸し切り状態でくつろいでいる。美肌の湯とかそういうやつだ。ちょっとぬるぬるした湯をすりこむイメージで体をあちこち撫で撫でする。
沁みた。細かい傷がある。ちょちょいと治癒魔法をかけて消す。痕が残ったら大変だ。イルマだって自分の容姿を人並みに気にはしている。何でだろうね、見せる相手いないのにね。たまに思う。
今彼女が背にしている壁一枚を隔てて向こうが男湯で、そっちにユングがいるのは気配でわかる。そうですね、と返事が返ってきた。
「最高ですよ。ここまでに三仕事くらい終えてますけどね。何より全裸で水があって温かいと、光合成がはかどります」
ちょっと待て何をしている。思わず男湯の方を、すぐ壁なのに振り向く。
きっと空気中の二酸化炭素を吸収して、水を吸い上げて、でんぷんを合成しているんだろうけどどうやって?
もしかして肌に葉緑体が浮き出て真緑になってたりするのだろうか。それとも全身からあの青い茨がにょろにょろ伸びて光合成をしているんだろうか。よくわからない。
「あ、あのさ。ユングって、どうやって光合成してるの?ちょっと気になるんだけど」
壁の向こうから困ったような笑い声が聞こえた。
「やだなあ、先生。光合成の仕方なんて人それぞれなのに聞いたら失礼ですよ?僕まで恥ずかしいじゃないですか。まったく、デリカシーないんだから」
失礼なのか?恥ずかしいのか?私がおかしいのか?イルマの頭の中でお決まりの頭痛がぼーんぼーんと響く。っていうか人それぞれって何?人じゃないよね?そもそも人間は光合成しないよね?
「あ、そ、そっかあ。ごめんごめん、私は光合成なんかしないもんだからちょっと気になっちゃって」
「えっ、先生はしないんですか?変なの」
しないよ。するかよ。驚いてんじゃないよアホか。
のぼせるほど長く湯につかってはいないのだが、脳がぐらぐら揺れている。まず冷たい岩肌に額を押しつけた。ちょっと気持ちいい。
「じゃあ、どうして先生は全裸で露天風呂に入ってるんですか?」
質問の意味がわからない。どうして?どうして、とは、一体、どうして……?
「うーん……それは、なぜ人間は温泉に入るのか?という質問なのかな?」
壁を一枚はさんで首をひねりあう。そのまま、どのくらいの時間が流れただろうか。
「……やめましょうか」
「もうやめようか」
何もかもを理解する必要はない。そのことを深く深く理解した。
部屋は二人で一つ取っている。年頃の男女がこんなことでいいのかといまさら思ったがいいだろうこのくらいと開き直る。どうせちょっと前からひとつ屋根の下で過ごしているわけで、何かあるならもうとっくに起きているだろう。
じつは事務所から奥への扉とビル自体の入り口以外はトイレですら鍵の着いた扉などはないのだ。
もしあったら毎朝『モーニングコール』という題目でイルマに蹴られたり殴られたりしていた寝起きの悪い師がその部屋で寝ていたはずである。
というか一度鍵のついていたトイレで寝ていたので鍵を破壊して起こしに行った。子供のすることだから大目に見られていたのだろうが、今になって考えてみると立派なドメスティックバイオレンス。
訴えたかったのは案外師匠のほうだったかもしれない。
「ふぉおおお、ベッドふかふかー!」
「先生変な声あげないでください。僕は昼まで寝ますから」
両目の下にクマを作ったユングがうらみがましく言う。私だってちょっと寝るよと膨れて見せる。何のために風呂上がり浴衣に着替えたと思っているのだ。それもこれも旅館独特の虫除けの臭いに包まれて眠るためではないか。
布団にもぐりこんで枕に顔を埋める。ウホッ、これは思った以上だぜ。このまま樟脳の香りに包まれて保存されてしまいたい。
変態思考をぐるぐるまわしていたらいつの間にか眠りに落ちていた。
「本当にいいのかい?」
なんと本日の夢は事務所を継いだ当時の記憶だった。イルマはまだかわいい12歳。大体同い年の少年が手元の書類を見ながら聞いている。「君の登録コード、本当にネクロマンサーでいいの?」
登録コードとは、国が仕事を斡旋する際などに役立つ第二の職業名である。
一般にネクロマンサーと呼ばれる死霊術師のほかに治療術師、召喚術師などいくつかが存在し、それぞれ自分が得意な魔法の系列や主に研究していきたい系列に従って自称する場合が多い。
「いいんだよ?だって、私は死霊術が得意だし、興味あるんだもん。それでいいでしょ?」
おいらはいいんだけどね、と少年は口をとがらせた。彼の名はラスプーチン。これでもれっきとした国家公務員である。
「今の時代に、この国で死霊術を学ぶメリットがあんまりないんだよなあ。これがちょっと昔なら土葬とかで、どこ行っても屍の兵隊が手に入ってたけどさ。今じゃどれもこれも焼いて骨にしちゃうんだもんなあ、焦げチリスケルトンじゃ耐久性に欠けるよ」
少年はくしゃくしゃと赤毛をかき回した。甲種魔導師、不死身のラスプーチンと言ったほうがわかりやすい向きもあるだろう。彼の魔法は逆回復魔法。相手の魔力で発動し、相手の生命力がすべて彼のものになる恐ろしい代物だ。
「確かに、ホントに少ないけど土葬の習慣が残る集落もあるよ。でもさ、勝手に他人の死体使ったら緊急の場合でも財産権の侵害で訴えられるのが今の時代なんだぜ。確かに、死者を仮人体で呼び出す魔法だってあるけど、そっちは燃費がバカにならないだろ?大体、いーちゃんは魔物を召喚したり使役したりするのだって得意じゃないか。サマナー……召喚術師じゃダメなのかい?」
ラスプーチンは、もともとこの国の人間でもなければ見た目通りの年齢でもない。生まれはどこだったか忘れたが、昔はもっと北の方の国にいたそうだ。
だが、あるときその国で革命が起こって治安が悪化したため一時的にこの国へ亡命し、居心地が良かったのだろうか。やがてそのまま居着いてしまったという。
問題はその革命が起きたのが今から約二百年も前の話だということだ。
「召喚はちょっと違うんだよ。それに、この国は魔界に近いっていうかもうお隣さんだから、倒した魔物がそのまま戦力になると思えばかなりのアドバンテージになると思うよ?魔力の問題だって、私はみんながみんなもともと異常に魔力が多いって言うじゃないか。大して負担は感じてないよ」
陸路では繋がっていないが、ごくごく狭い海峡を挟んでお隣さんになっている。人間界と魔界の間に細長く壁のように横たわっている。RPGでいうところの最終面の村みたいなもの。
この国が周辺国家から侵略を受けることが歴史上で見ても少ないのは背後の魔界のおかげでもあるのだ。
魔物は普通の動物よりも凶暴で知性をもつものもある。下手に攻撃して、後の魔界を刺激したら恐ろしいことになる。さらに地理的問題で国土が魔物だらけで土地としての利用価値も薄い。
昔から魔界との交易でがっぽがぽ荒稼ぎしてるけど。RPGなんかで最後の村に行くと強い武器が手に入るのはそういうことだ。
「確かに、ね。でも君は自営業にするんだろ?だいぶ偏見は薄れてきたとはいえ、闇魔法使いに対する世間の目はまだまだ白すぎるから苦労するよ」
「国からも斡旋してくれるから、大丈夫だよ。それとさ、ししょーのおかげで地元じゃ有名だからどうにかなるんだよ」
そしてどうにかなったのである。