朝顔に尻
本編です。
「ししょーと違って君は女装してる感じがあるよ」
「ええ!?これ男物ですよね!?」
「しらない……だってししょーがでっかい布もらってきてミシンで縫ってこの二着作ってたし。首の後ろにも腰の左にもタグがないでしょ?」
聞くや否やユングが浴衣を脱ぎ捨てた。布団の上に開いて四つん這いになり検分する。意外なことに今回はちゃんとパンツを履いていた。いや、履いているのが普通だな。私は疲れてるんだきっと。
「ほんとだ!手作りですかこれ!実存の魔導師本職忘れてません!?」
「うん。器用な人だったんだよね……つーかこっちに下痢したケツ向けないで。くさそう」
灰色のパンツの尻から、ぷすーっと空気の抜ける音がした。迷わず蹴りを入れる。体重が違うのでユングはわずかに前のめりになっただけである。くさそう、ではなく臭かった。
「痛ぁ!?何でいきなり蹴るんですか!しかも本気で!暴力系ヒロインか何かですかあなたは!お尻割れたらどうするんですか!DVですよっ、ドメスティックバイオレンスですよ!」
蹴られた側は素早く反転して文句を垂れだした。白鯨か、お前は。
「いきなりじゃあないさ。私は警告した、そして君は屁をこいた。屁は臭かった。因果関係は成り立っている。そうは思わないかい?」
ユングの顔から覇気が消えてぽやーんと眉が緩む。それもそうかも~……と空耳が聞こえてきそうな顔をしている。正論だから仕方あるまい。はい論破、である。
「と、とにかく今度から、蹴るときは加減してくださいね!あと蹴る前に一言言ってください受け身取るから!お尻割れたら大変でしょ!?」
「はいな、蹴る前に『蹴るよ』って言うよ」
そもそも尻は縦に割れてるもんだろうがというツッコミは宇宙のかなたへ置いてきた。生まれて16年それをくっつけてきてわかっていないはずがない。つまり人生とは尻が割れていることを知る旅なのである。
「手加減どこ行ったんですか!?お尻は一生ものなんですよ!?割れちゃったらどうするんですか!」
「回復魔法使えば?魔導師なんだし」
「そっか。そうですね……大きな声出して、すみませんでした」
納得した。どうやら彼の論点はずっと『尻が割れる』にあったらしい。いや、私もちょっと力を籠めすぎたよ、とフォローしておく。フォローしておくが……尻が割れるとか、一昔前のおっさんか、お前は。
「それにしても、実存の手作りだとしたら、どうして今先生はそれ着れるんですか?」
三年前に死んだんですよね?サイズ合わなくなりませんか?そういう頭は回るんだなとぼんやり思う。
「けっこう裾上げてたからね。糸を抜けば大きくなっても着られるようにってさ」
「うわあ、まめな人だ」
「無駄な出費を抑えてただけだよ」
浴衣を元通り着て、膝でイルマの隣に寄る。観光案内をのぞきに来たらしい。むしろ当事者のくせに今まで見ていなかったのがおかしいくらいなのだが、今やっと来たのだからしょうがない。
頭の上にピコピコと揺れるたれ耳が見えるようで目をそらした。
白地に、朝顔のあでやかな広い背。ざっくりとした織の紺の帯。視界の外にはきっと、なよやかな項と色の抜けた金色の髪。懐古が甘く胸を刺す。
無理に視線を上げて、ふわふわ揺れる黒髪の尻尾を視界に納めた。
だから、いないんだって。もう、どこにも。
すこし尻アスだったかな?