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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
海へ行こう
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魔性のアルバイター2

 前回の続きです。早く大学生になりたいー……。

「どうして人間界に出てきたの?」

「知れたこと。負けたのだ。腹心に裏切られてな……城は落ち朕もまた深手を負った。職はフリーターへ転落し住処も摩天楼より壁の薄いアパートへ落ちた」

 あれ、ひょっとしてこのひと魔王さんだったんじゃね?イルマはちょっとだけ思ったけど確信が持てないし何も言わなかった。そういうのだったらユングがとっくに反応しているころだろう。

「魔王クローディアス様とお見受けしますが?」

 そうそうこんな風に。

「ああ、間違いない。このような敗者の名を覚えていてくれる者があるとは……嬉しいぞ。アドレス交換しよう?」

「光栄です」

 んで、当たると。

「まじかよ」

 イルマは思わず頭を抱えた。お兄さんはじりじりと肌を焼く強烈な日差しの中、嬉しそうに暗黒の翼をぱたぱた動かしている。そう有名どころというわけではないが、超古代の文献の中で見たことはある名前だ。

 一種一体の魔物、デーモン。魔界を一度は統一したものの腹心の部下に裏切られたひとだ。あと何となく裏切ってそうな名前だが気のせいだ。

「だまし討ちではあなたの名に何の瑕もつきませんよ。そう自分を卑下なさらないでください」

「ふっ、こんな年寄りをおだてても何も出ぬぞ」

 今アドレス交換が出たよね。まだ出る可能性あるよね。ボケとボケが談笑しだすともうツッコミが追いつかない。しばらくして魔王クローディアスは次のバイト先へ移動していった。

 実は生きていることが初めて確認されたのだがそれはいいとしよう。彼もまだ静かに暮らしたいだろうから。ゆくゆくは魔界で復権したいとあの諦めきった顔で言っていた。

 彼が魔界を統治していたのはもう3000年も前だからだろう。深手を負って逃げてきて、それからずっと人間界にいるのだ。今から戻っても力量は魔界の他の魔王たちにはとても追いつけない。

 可能性がないことは本人が一番理解している。ブラムとは話が合いそうだ。

「せ、先生……」

「おお、あれ完食したの。すごいね。あれ巷では『達成不可能~ミッションインポッシブル~』とか呼ばれてるらしいよ」

 快挙にもかかわらず、ユングは空になったバケツを前に何やら青い顔をしている。唇が紫色だ。何やら……なんておとぼけはやめよう。これは間違いなく……そう、あれだ。

「口の中が冷たいれす……頭がっ、キンキンするぅ……それに、お、お腹がぎゅ、ぎゅるぎゅるって……」

「とりあえずトイレに行っておいで。落ち着いたら民宿に帰ってお風呂入って服着てあったまろうねー。私はその間も海を満喫するけどね」

 やはり、腹下しだった。返事もせず、ユングは生まれたての小鹿のような足取りでトイレへ歩いて行く。そうだよね。あんなの食べたらお腹冷やすよね。今度からは近所のプールに行こうっと。

 イルマは日が落ちてから民宿へ向かった。

 より正しくは浮き輪で波間を漂ったり、海底にいたナマコを無意味に拾ってそっと元の位置に戻すを繰り返したり、海藻に混じって打ち上げられているカツオノエボシにニヤニヤしたりしていると日が暮れたので帰ることにした。けっこう満喫していた。

 腹具合の悪くなった自称王子は民宿の部屋でマントを被って温かい昆布茶を飲んでいる。だいぶ落ち着いたらしい。着せられているのは民宿のご主人のおさがりだろうか。冬用と思しき厚手のパジャマである。

「聞いたよ。あの海の家でバケツかき氷一人で食べたんだって?馬鹿な子だねー」

 おばちゃんが笑っていた。まったくその通りだ。馬鹿としか言いようがない。

「先生……」

 ユングは恨めしげに口を尖らせるが何かなと知らないふりをして見せる。お腹は今ゆるくなったかもしれないが頭の方はもともとゆるめにできている感じなのでそう気にすることでもないだろう。

「明日からどうするのさ?」

「明日から、とは?」

 この駄犬にはもうちょっと噛み砕いて言ってやる必要があるらしい。

「君は海に入れないってことが今日判明したわけだけどさ、この民宿二泊三日でとったわけよ。つまりあと二日あるのねぇ。残りの日程、私は海を満喫するけど、その間君はどうするんだい?」

 ずずー、と昆布茶をすする音が響いた。のどかな吐息を一つして、湯呑を机に戻す。もそもそと体ごとこちらに向き直った。

「……どうしましょう」

「あ、今考えてたんだね」

 できないことはわかっていても、口に出せばくじける自分がいなくなる。目標ってそういうものですよね。

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