海に来た
本編です。ひたすらな水着回をお楽しみください。
日は天頂を少し過ぎていた。このくらいの時刻が一番暑い。波のように押し寄せるセミの鳴き声は海に近づくほど、岸に押し寄せる本物の波の音に取って代わられる。
松は青々としているが砂浜は白くない。茶色というかベージュというか砂色だ。粒子も粗い。歩いてもあまりきゅっきゅ言わない。素足で歩くと熱いやら痛いやらの地獄だ。
とはいえビーチサンダルはすぐになくしてしまうので、そして海底にはスナギンチャクなど毒のある生物もいるので、履いたまま海に入れるマリンシューズがベスト。
遠浅の海だが、せいぜい水深1メートルのところで縄が張ってある。縄に触れると警報が鳴り響く。魔界側の海だからとても魔物が多いのだ。
ダイビングやシュノーケリングはご法度。それでも全身で海を感じたいとかいうやつは沖にでも出てオオウミヘビの腹の中で海底二万里を引き回されていろ。
もちろんこの世界に白い砂浜が存在しないわけではないのだが、白い砂浜なんか信じない!の時期はイルマにもあった。師が困った顔をしながら三つくらい向こうの県に連れて行って見せてくれるまで信じなかった。
彼と行ったのは国内だけだった。国外旅行の時はたいてい同じ甲種魔導師で大量子持ちのメンゲレか今も独り身女性の東郷に連れて行ってもらった。
師が国外に出ると条約違反はまあいいとして、謎の爆発とか狙撃とかが出て本人に一つもダメージがいかずに周囲が壊れていくから仕方ない。
一度民宿に戻って着替えを済ませ、熱線にぶっ倒れそうになりながら浮き輪を抱えて砂浜へダッシュする。パラソルもレジャーシートもない無策さをいつもなら責めるところだが今日は自分に甘くなる。
海の家だってある。熱中症?当たらなければいいだけのことだ!
軽薄に声をかけてくる軟派どもを軽快に無視して打ち上げられた海藻を蹴散らし海へ突っ込む。一歩入ると大きな石が転がっていたりするのが楽しい。
テンションなどもうとっくに上がりきって振り切れている。あっはははははと哄笑しながら波を蹴立てて腰が浸かるくらいのところで無意味にスピンする。驚いた小型の魚たちが散っていった。これが魔物か、普通の魚かは割とどうでもいい。
「あははは……ユング?」
助手の姿がないことにやっと気づいた。さっきまでその辺にいたよな?きょときょとと海面を見回す。そう透明度の高い海ではない。ここから海中は見えない。一度潜ってみようか、と思ったときそれを見つける。
数メートル離れた海面から、緑色の腕が突き出ていた。腐った水死体かとも思ったが、どざえもんにしては膨張している感じがない。それどころか近づいてみると意外に引き締まっている。
「……ユング?」
掴んで引っ張ってみる。腐乱死体ならこのまま腕が抜けるところだが、果たして、肌が緑色に変色ししおれた表情の助手が現れた。
しかも何かぬるぬるしている。気持ち悪い。擦っても取れない。何だこのヌルヌル。しかもうっすら青色がついている。肌が緑に見えたのはこれのせいか。脈はあるから死んでいるわけではなさそうだ。が、応答がない。
やばそうである。重いので浮き輪を抱かせてビーチへ出戻った。
海面から腕+緑=腐乱した溺死体、の公式ですね。