指定席にて毒を喰らう
本編です。世界の車窓からみたいに延々風景書いたりしないんでご安心ください。
幸い民宿は空いていた。翌日、朝から事務所の前へ『しばらく休業します』の札を貼り付けて出発する。乗るのは新幹線だ。
指定席。自由席だと席の取り合いになるし、まれに通路に立つ羽目にもなる。指定席の方が平和だ。
自由席で席がないときに師が体調を崩したときはどうしようかと思ったものだ。あの時は結局どうしたのだろうか?
「ユングー、水着持ってきた?」
「もちろん!ちゃんとしたやつですよ、マイクロビキニとかじゃないですよ」
イルマの中でスルースキルが通常の三倍働いた。
「よかった……水着の概念もなかったらどうしようかと思った」
さすがにありますよ。ユングは苦笑して、はっと真顔に戻った。まさかここまで来て忘れてきましたってことはないよな?イルマの中に謎の緊張が走る。
「……着るのだいぶ久しぶりだから着付けが心配なんですけど……」
「着付けって何だい両脚通すだけじゃないか。私はサイズが合うかどうかが心配になって来たよ。小さかったら向こうについてから買おうか」
そんなことだろうとは思っていた。手持ちも用意してきてよかった。駅で買った弁当を広げる。豚トロ山盛り定食である。それを見たユングがまた般若の形相になった。野生人はこってり系を憎むらしい。
「あーまた先生そんなもの食べて!ピザになりますよ!血がドロドロしますよ!」
「大丈夫、ここから多少横に伸びてもわからないって」
言葉のブーメランが腹に刺さった。違う私はデブでもぽっちゃりでもない。ちょっと肉付きがいいだけだ。だって適正体重超えてないし。むしろ軽いくらいだし。
「知ってますかっ豚トロってネックの部分ですよ!?豚は首から抗生物質とか入れるから危ないんですよ!」
「毒も食らう、栄養も食らう。そうしてこそ強い体が手に入るんじゃないかな?」
「……な、なるほど?」
ユングは山掛けソバ定食だった。冷たくてつるんとしたものばかりを食べているようだから夏バテを疑うべきかもしれない。そういえば師も夏は苦手だったな。
――大丈夫……すぐによくなる、よくなるからっ……だからあっちに行ってろ……なっ
いや、あれは別か。普通夏バテではのたうち回らないもんな。
「痛み止めは飲むの忘れちゃダメなんだよ……」
先生またどっか行っちゃった。一抹の寂しさを抱えつつユングは窓の外を見た。石油コンビナートが流れていく。灰色で、塔があって、そのほかよくわからない施設がたくさん。炎が揺れている。秘密基地みたいだ。
ちなみにこの辺りはイルマが目をつけている定食屋のある辺りである。でっかくて分厚くて野球のグローブみたいな豚テキを出すのだ。しかも一緒に豚汁がついてくる。ぜひ行ってみたい。
そんなことはつゆ知らず、ユングは遠ざかる煙を見ながらずるるとそばをすすった。
「あ、おいしい……」
豚トロおいしいですよね。