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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
海へ行こう
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浴室と石室

 本編からの別の場所の誰かの話です。もともとは二話に分けるつもりだったのですが、そうすると文字数が大変寂しいのでドッキングさせてみました。

 ちょっと読みにくいかもしれませんが、ご容赦ください。

「シャワー使う?冷やした方がよくない?」

「おかまいなく……たぶんそっちのが沁みるから。後で君の血をくれたらそれでいいから……どっか太陽光まったく入らない部屋、ない?」

 イルマは答えに詰まった。外光の入らない部屋。考えてみるとあまりない。病人の療養のため大規模リフォームを加えられたビルだから、割とどこでも明るいのだ。

「そうだ、書斎。太陽光は本に悪いからってあそこ窓一つしかないし、北向きだし、いつも分厚いカーテンがかかってるよ。一番ましなんじゃないかな」

 暇つぶしも充実しているし良い考えだ。どんなもんだい。夜歩くタイプの客が書斎に引っ込んでから、来客中だが風呂場に塩素をまくことにした。

 相手が臭いに弱いから一応許可も取った。ちょっと嫌そうだった。それでもやらねばならない。これ以上進むと腐海になりかねない。鼻と口にタオルを巻く。

「歩く腐海はすでにいますけどねえ」

「君が人の趣味にとやかく言えた立場かい?だとしたら偉くなったもんだ、回らないお寿司屋さんでトロとウニのヘビーローテーションをさせたまえ。もちろん代用魚じゃなくってだよ」

 よく考えたら金持ちだから今でも普通にできる気がする。まあいいか。

 ユングはくすくす笑いながらしゃがみこんで作業をするイルマを見下ろした。何だろう、既視感を覚える。もっともあの人はこんな風に明るく声を立てて笑いはしなかったけど。

「ところで……骨、回収しなくてよかったんですか?」

 何だか引っかかる言い方だった。タイルの目地に泡を吹きつけながら答える。

「いいんだよ。ゾンビにすら二度とできないからね。あれはもうししょーじゃないし死体ですらない。利用のしようがない、ただの灰さ」

「そう」やっぱりどこかとげがあるように聞こえる。「最後まで、使い切ったんですね」

 振り向くとユングは今まで見たこともない表情をしていた。というか、表情という表情がそぎ取られたような顔面をしていた。空色の瞳がメガネの向こう側でどこか遠くを見ている。

「どうしたのさ、そんな怖い顔して」

「何でもありませんよ……ただ僕は、あれが僕だったらなって。うまく言えないけど……完全に壊れて使い物にならなくなるくらい活用されてみたいなって」

「道具の幸福だよ、それは。すでに人間でも魔族でもない」

 浮かんできた表情は『苦笑』だった。

「それはそうだけども」つつー、と苦笑する顔に鼻水が出てきた。「……臭いですここ」

「だよね。塩素してるからね。鼻噛んでおいで」

 イルマはついに、ユングの目の中に差していた暗い影に気付くことはなかった。


 ぴちゃん、ぴちゃんと、暗い石室に水がしたたり落ちる音が響く。断続的に続き、反響する水音はやがて女の声になって耳をなぶる。

「……ボクは彼を待ってって言ったんだけどな」

 魔神は長い髪を編みながら、水のしたたる方へ微笑みを向けた。その眼はあくまでも慈愛に溢れている。

「ええ、待ちましたよ、私は。彼らをね……」

 編み終えた左の房の先をリボンで結ぶ。

「素晴らしいでしょう、彼女は。もちろんネクロマンサーが悪霊に対し相性がいいこともありますが、煽り耐性の低さを見抜いて利用するあの手際は。彼だってあの通りほぼ無傷じゃないですか」

「だからそうじゃないんだ……あの子はキミが思うより脆い。都会になんか出すんじゃなかったよ」

 あら、と魔神は首を傾げた。オフィーリアはわざとらしいと思った。

「それでも彼は彼なりに自立を図っています。あなたは少し過保護なのではありませんか?」

「過保護にもなるよ。ボクの連れ合いじゃない方の、彼の祖父のことがあるからね」

 少し痛ましげな表情になって、魔神が右側に静かに櫛を入れた。赤い髪を櫛の歯がかき分けて進んでいく。

「でも彼が壊れたのは、あの時代だったからでしょう。今はもう、あの場所はスラムでもなければ国もほとんど別物です……そう過敏になることもないのでは」

 確かにそれはそうだ。一度花火を見に行った時はその変わりように驚いたものだ。しかし、とそれでもオフィーリアは思う。

 彼女が心配しているのは都会で孫がどう揉まれるかではない。代用品を超えられない本物がどういう苦悩を抱えるか、だ。

「ボクは実存を見たことがあるんだ。あまり近くじゃないけど……でも、あれは明らかに」

「でも本物ではないのでしょう?それに彼はとうに死んでいます」

 コールはどうしてもその懸念を理解できなかった。大体、その代用品にしたって本物も何もなくただ自分であるがために、己を高めていったに過ぎない。

 たとえその『自分』が書き換えられるとしても、止まれなかったし止まらなかったのだ。もし本物が越えられないと恨むなら、それは傲慢だ。

「それに王家を名乗るつもりもないのでしょう。それほど気にすることでもないと思いますがね」

「……わかってるんだ、それも。でもボクはやっぱりボクの孫が一番大事で、それは親類なんだからって実存のことまで受け入れられないんだ。ほとんど他人なんだ、あれは」

 回らないお寿司屋さんでウニとトロのヘビーローテーション、一度やってみたいですね。でもお腹にもたれそうですね。お腹が弱いので無理かも。

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