反魂または告別式
葬式には親戚みんな集まるからいろいろ面白い発見があるものです。
「あの網はこの杖につながっているのさ。この宝玉が触れているものの魔力を吸い上げて封印してしまう。さらにこの杖に触れた状態で魔法を使うと、つぎ込んだ魔力の三分の一をプラスアルファで封印する。いいや、触れなくってもいいのさ。魔力が通る道がここまであればいいんだから」
人類が出現するはるか以前から魔法は存在した。当然、研究は進んでいる。魔力を通しやすい繊維というものも存在していた。それで編まれた糸を使ったのだ。
ぎちぎちと音を立てて、カッターナイフの刃が伸びる。
「高かったよこの糸……それが、この杖と君の両方にくっついていたのさ。そんな状態で、君は何をしたんだっけ?」
何だか小さかった銃の魔法が意味を持った。入道雲が黒くなっていく。夕立が来そうだ。カッターナイフを持ったイルマの手が閃いて、おそらく杖につながっていた細い糸を断ち切った。
「反転せよ」
明瞭な声に反応して、ただのガラス玉のようだった宝玉ががらりと色を変える。赤黒く濁り、強く輝き始めた。ラナにはわかる。溜め込まれてきた膨大な魔力が解放されるのだ。
数値にして、千、万、……二億五千万。インフレの終着点を見るようだった。まったくふざけた装備だ。そんな大量の魔力を何に使うというのか。いいところ封印だろうに。
がたっ、とイルマの足元の壺が揺れた。がたがたがたがたっ。生き物でも入っているかのように音を立てて震える。死霊術師はカッターナイフをカバンに戻すと、蓋を開けてくれたまえワトスンくん、と助手に指示をした。
壺の中から砂のようなものが舞い上がった。砂は膜のようになってイルマの周囲に集まる。具体的な形が左手の中に現れるまでそれが何なのか、ラナにはわからなかった。
イルマが左手で抱きしめているのは、焦げた誰かの頭蓋骨だ。火葬されて砕けたのか、壺に収めるために砕いたのか、亀裂が全体に入っている。周囲の膜のようなものもやがて形を思い出す。肋骨。指。頸椎。骨盤――バラバラな位置で踊っている。
ぼたぼたと雨が降ってきた。暗い空に白い灰が映える。
「先生……」
ユングは言いかけてやめた。イルマの横顔は相変わらずのポーカーフェイスだったが、他人には容易に触れさせない何かを孕んでいた。急ぐことはない、答えはすぐ目の前に出てくる。
緩めた左腕の中からしゃれこうべが浮き上がり、二メートルに足らないくらいの高度で動きを止める。骨を放した左手が右手とともに杖を握りしめる。他のパーツが集まってきた。ここまで組みあがれば、ユングにもラナにもそれが何かわかる。
成人男性の全身骨格が薄く灰をまとってそこに立っていた。背は、イルマより頭一つ分くらい高い。あちこちの骨が黒く変色しているのは、明らかに雨に打たれたからではない。
ラナはあまり骨に詳しくないからどういう顔だったのか、鼻根が低いから鼻が低いだろうくらいしかわからなかったが、やがてわかった。水気を含んだ灰が生前の姿を再現しようとでもするようにあちこちに巻き付いて、顔も半分は復元されたのだ。のっぺりした顔。
あと半分は壊れかけた人形のように割れて、ところどころは骨もむき出しで、全体としても白黒、まつ毛も眉毛も髪もほとんどないが、それでも見間違えるはずはない。
ゆらりとどこか緩慢に、それでいて隙のない動作で骨の右手が挙がる。右利き。ラナにとってもイルマにとってもどこかで見た動作だった。
「――清めよ」
声だけが違った。
葬儀自体はイルマにとって二度目だったが、それが悲しいのは初めての経験だった。客が集まるのを待つ間、彼女は独り師の顔を眺めていた。
眠っているようでもないし、パッと目を覚ましそうでもない。思い切り死相が出ていた。どう見ても死んでいた。
やつれきった、痩せた頬には巧妙な死化粧が施されている。薬のために髪が一本残らず抜けてしまった頭部も何かそれらしく見えるように布が巻いてあった。が、生前の容色とは比べるべくもない。
すでに食卓に載っているローストチキンに後付けの羽を生やしているようなものだ。枯れた花に色を塗るようなものだ。死んでいるし、死んでいるから、死んでいる。
我ながら意外だが、生き返ってほしいとは思っていない。といっても師は苦痛から解放されたのだ、何を悲しむことがある、とまでは悟れない。それは寂しすぎる。
それでも、どう、痛くない?と聞いたら、どこも、という答えが返ってきそうだった。
わかっている。死体は話さない。話すとしたらそれは生きている人間の側が勝手に解釈して自分を慰めているだけだ。もしくは、ゾンビにして操っている。どっちにしろ生きている人間のエゴなのだ。
何より、今生き返られても正直困る。薬で朦朧として人の顔も判別できなくなったあたりからゆっくり自分の気持ちに整理をつけてきた。それを今さら覆されても、素直に喜べないだろう。
彼は自分が死んだことを、今回は知ることができただろうか?一度蘇生した際はわかってなさそうだった。本番ではちゃんとわかったのだろうか。
火葬場は乾いたような暖かいような、でも生き物とは違う種類の臭いが立ち込めていた。空気が粉っぽい気がするのは火葬のイメージからくるものだろう。
焼いてしまうと、人体だったものは砕けた骨と灰の山になっていた。ずいぶん小さくなったが、それでも置いてある骨壺に全部納まるのが不思議だった。
「これってさ、納まるように砕いてあるの?」
「いいえ。焼いただけです。若い人でこんなになるのは珍しい、ですね」
不謹慎な会話が聞こえたが、聞いてみたいのはイルマも同じだった。火箸で持ち上げるとぼろぼろと崩れるそれを、黙々と壺に収めていく。壺にはほとんど粉が詰まっているようなものだった。
足の方から入れて、最後に頭頂部の骨をそっと置く、ここが大事だった気がするのだが、火葬場の人がプラスチックの卓上箒を取り出して、残った灰と骨の粉をざざーっと壺に掃き込んでしまった。ちょっと雑だった。
あとは骨壺を納骨堂に預けるだけだった。
思えば納骨堂にはよく行った。不思議と心が落ち着いた。月命日だとか、何とか理由をつけて通った。何の意味もないことくらいわかっていたけど、わかったからといって割り切れるものでもない。
やべーみんな同じ顔してるわーとかね。