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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
愉しい、日常
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プレゼント・フォー・ユー

何人いるかわからないけど読んでくれてる人ありがとうございます。ブックマーク二件の人たち以外にも……いるよね?いるよね?いなかったらちょっとどころかかなり落ち込むってこともないけどいてほしい。

でも真面目に仕事とかしてる人であったとして、第一話の一万五千字をここまでの期間で突破できるとも思えませんな。

ということは……みなさんがこの前書きにたどり着く頃にはもっとたくさんの読者がいたりして……。

 毛布のかかった少女の体がエビのように背を曲げた。うねうねと身じろぎする。ぽてんと寝返りを打った。それからゆっくりと目を開けて周囲を見渡す。

 おそらくだが、成功したようだ。

「あなたがラナちゃん?ここは現世だよ」

 頷いて、しばらくイルマの顔を見て、心なし呆けたように「あなたは?」と聞き返してくる。念のため、私?と聞いてから答えた。よくわからないけれど何か納得したようだ。

「……そう、あなたが、イルマ……そうなのね。別に、用はないわ」

「あ、そ……え、何で聞いたの?」

 何でもないわ。ラナは毛布を体に巻きつけて立ち上がった。寝起き特有のだるさなどは感じない。ここはどうやら父親が趣味で増設した我が家の地下室だ。

 心持ちむっとした顔でこっちを見ているイルマのほかには男が三人。うち二人は顔が良く似ていて、髪も同じプラチナブロンドだ。何となく、右側のほうが柔らかい表情をしているような気がする。

 もう一人は黒髪で大きなあくびをしている。幾多の漫画や小説を参照するに眼鏡は知的な雰囲気を出す便利アイテムのはずだが、こいつには逆効果だ。なんというか、そう、収納から出てきた青い狸に泣きついていそうだ、と思う。

「やっぱりうちの親、あなたに私の蘇生を依頼したのね」

 え、いや、その、依頼はされてないっていうか……イルマが口ごもる。地下室の出入り口は堅く閉ざされていた。さては。ラナは死んでいた間を数えたとしてもその年齢としては聡明な方だったからすぐに気がついた。

「それとも詐欺かしら」イルマの顔色がわずかに変わった。やっぱりそういうことか。

「ごめんなさい。ねえ、埋め合わせと言っては難だけれども、何か私にできることはないかしら?」

 少女の言葉にイルマの中で何かが揺らいだ。ぴぴぴーん。何かが繋がる。もしかしてこれは。これはいけるんじゃないか?悪い笑みが浮かんだ。

「あっ、それなら」

 ごにょごにょと耳打ちする。心得たとラナも頷いた。何も悪いことはしない。ちょっと芝居を打つだけである。

――眠っていた娘が起き上がって自分たちを呼ぶのをあの夫婦が泣いて喜んだのは言うまでもない。

「……ふぁ」

 眼前に広がる思い通りの光景にあくびを一つ、イルマは足音を忍んでそっとその場を立ち去った。ユングも抜き足差し足でついてくる。

 うん悪いことはしていない。

 少女が蘇った時間と最初に喋った内容を少々改変しただけである。10分以上誤差があればともかくこれなら記録の必要もない。

 今夫婦の目にはイルマ型の幻覚が「指定の口座に入金よろしくね」と言っているのが見えているはずだ。

「いいんですかあ?あの夫婦、ほんとにちゃんと代金払うか分かりませんよ」

「払わなかったら訴えるのさ」外に出たところでフロストが霊体化を解いて言った。くしゃくしゃとユングの頭を撫でる。

「今からなら始発の電車に間に合う。それに乗れば、明朝五時には着くだろう?今優先すべきはそっちの依頼だ。我らは、帰るぞ」

「うん。ありがとね」

 始発の電車内でユングはまた白目を剥いてよだれ垂らして爆睡した。

 周囲のいかにも遊んでそうなお姉さんたちが絶妙に乱れたメイクの顔でけらけら笑う。声の大きさのせいかリズムのせいか何とも知性の感じられない笑いである。

 長い爪はピンクとかそういうパステルカラーで塗られていて、そこにパールやラインストーンがいっぱいついてキラキラと光った。それだけならまだましな方で本人の親指より大きいリボンが付いている人がいる。

 気持ち悪い。で、これを類人猿みたいにパンパン打ち合わせて、ああ、頭におがくずすら搭載していなさそうだ。

 あちらには肌の荒れたおじさん。腹部だけが膨れる不健康な太り方。ミニスカートを穿いて暗くなった駅前で暇そうにしていたらお札を持って来そうである。

 ちらちら周囲をうかがう目がいかにも卑屈でこんな人が助手にならなかったぶんよかったかもねと思う。イルマだって年頃の女子、でもないかもしれないけどそれなりに気にはなる。

 こういう朝帰りメンバーに散々指さしで笑われて、よっぽど他人のふりをしてやろうかと思ったが、容赦して下から押し上げてきた魔力について考える。

 やはり、あれは師の魔力だ。間違えるはずもない。しかし、目的が分からない。

「もしかして、ししょーはずっと待ってるのかな」

 イルマの僕になる日を?いや、そこまでプライドのない男ではなかったと思うが。なら、彼が待つのはなんだろう。しばらく考えて、正気の沙汰ではない結論を得た。

――私が死ぬのを待ってるんだ。

 なるほど。納得する。待っててくれたんだ。

「わかってるって」髪を、師の形見のヘアクリップをつけている髪を両手で包む。「私もね、すぐそっちに追いつくから。ね……」

 ヘアクリップは飴色のガラスのような素材でできているようだ。ようだ、というのは師も知らなかったから。

 磁器のような質感の二つの輪がさっき言った飴色の、ナツメ型を挟んでいる。この上から銀色の金属線がちょうどXの字のように交差していた。この本体に、目立たないように蝶番が仕込まれていて、髪を挟むことができる。

 いつだったか、これを弄びながら聞いてみた。

「ねーししょー、これいつ買ったの?」

「知らん」魔導師は無愛想にそう言った。

 髪ごと引っ張ったり押したりしているイルマの手を解く。彼は今の彼女同様、左のサイドヘアの途中にクリップを留めていた。

「こら、そこからごっそり抜けたら嫌だから触るな。これは、……。買ったのかどうかも、わからない。気付いたらすぐそばにあった」

「気付いたって、いつ?」

 いつだろう、と彼は憮然として呟いた。ぼうっと天井の一角を見つめて、思い出そうとするかのように眉をゆがめる。おーい。

 呼びかけてみるが返事がない。おーいおーい。聞こえていないのかもしれない。

 潤いのある透明な藤色の瞳に少女の顔がぼんやり映っている。呼吸はしている。反応はないけれど、イルマは、まあいっかと思った。よくあることだった。この時みたいにふいっと『中身』だけがどこかへ行ってしまうことは。

 カミュに聞いてみたらそんな様子を見せたことはなかったという。病のせいか、薬のせいか?病の実情を知らなかったこの頃はおろか今でもわからない。

 ただ、事務所の揺り椅子にのんびり腰掛けているときに限ってこういう状態になっていたのはよく覚えている。

 目の下に隈があった。これもいつものことだが、何となく濃いような気がする。

「眠いのかなー。えい」

 師がぼーっとしているのをいいことに膝の上に飛び乗る。硬くて座り心地は良くない。ただ、布越しにほんのり伝わってくる自分より低めの体温が快い。

 顔を近づけると薬の臭いと、少し酸っぱいような変な臭いがした。また吐いたのだろう。最近また具合が悪いようだから。

 さほど厚くない胸に頭を預ける。心臓の音が、ふいごのようになった呼吸音が聞こえた。生きていた。このときはまだ。

「……降りろ、重い」

 しばらくして彼は意識を取り戻した。囁くような声。大声を出すと疲れるそうだ。基本の声のボリュームが凄く低かった。当然叫んでも普通の人のちょっと大きい声、くらいの大きさだった。

 にもかかわらず、病み魔法使いの声はとてもはっきりとして、よく通ったものだ。用法は違うけれど鶴の一声とでもいうのだろうか、何の話をしていてもびくっとして、首をすくめて黙りこんで、彼の話を聞いてしまう。

「だから、降りろと言っている」

「嫌ー。降りないー。ほっとくとししょーがどっかに行くから降りないもんねー。……あ、やだー!」

 とうとう師は実力行使に出た。

 がし、と暴れるイルマの肩を掴むとそのままぶら下げて立ち上がり、ソファーに少女を置いてさっきも座っていた揺り椅子に戻る。少し疲れたのかぶっふぅーん、と大型犬みたいなため息をついた。

「どこかに行く、だったか?俺はここにいるじゃないか……お前は何を言ってるんだ」

「だからどっか行っちゃうんだよ。そこにいるけど、そこじゃないどこかに。っていうか、ししょー、覚えてないの?」

「何をだ」覚えていなかった。「ヘアクリップの話までは覚えているぞ」

 そうなると大分戻る。イルマは渋面を作った。一方の師も触ったら刺さりそうな剣呑な顔をし始めた。まるでにらめっこだ。

 結局イルマが折れた。

「……じゃーもーいーよ。そっからで」

「おや?やけに物分かりがいいな……そういえば明日は傘のマークが出ていたが、あれか。あのマークは雨ではないのか。納得した、シャベルを用意しないとな」

「何だいその言い方は。悪くないと困るのかいハゲ。せめて竜巻とかで済ませたまえ」

「困らないし俺はハゲではない。薄いだけだ」きっちり修正してきた。「そしてお前の物分かりの悪さは竜巻程度の気象条件では覆らないくらい酷いことを自覚しろ」

「ひどーい!いくらししょーでもその言い方はあんまりだよ!」

「ほう。では逆に、いつなら物分かりがいいんだ?どういう時なら俺の言うことを聞くんだ?」

 いっそ教えてほしい、と師は言った。真面目な顔をしていたので無性に腹が立つ。

「えーとねー……うん。あれだよ。地震雷火事親父って言うじゃないか。あれが全部来たらししょーの言うとおり行動するよ」

「怖いもの全部載せだな。大体お前の親父はム所だろう無茶を言うな」

 今にして思うと普通の女の子は刑務所にいる父親ってめちゃくちゃ怖いと思うよししょー。最近はそういう風にも思えてきた。

「個人情報漏洩だ!訴えてやる!私がちょっと涙目になって訴えたら世間一般の『良識ある大人』は全員味方になるんだからね!」

「まあまあ落ちつけ。裁判を起こすにも金がいるだろう……ここはお互い、示談交渉で済ませないか?」

 裁判にかけられて調べられようものなら余罪がぽろぽろで電気椅子不可避の世間一般にはまずいない良識ない大人が言う。

「いつどこで拾ったのさ、そのつやつやメタル提灯お化け」

 まむまむとチョコチップクッキーを頬張りながら聞いた。示談、成立!

「昔、目が覚めたら枕元にあった。それ以前のことは一切記憶にないからよくわからん。十分か?」

 ふーん。あまり面白くなかった。

 胃の中にクッキーを練成して等価交換で口の中の水分を持っていかれた分ホットミルクをがぶ飲みする。白い髭がついてるぞ、と師が言ってきた。

「じゃあプレゼントだね。私知ってるよ、いい子の枕もとには不法侵入のおじいさんがやってきてこそこそっとプレゼントを置いて行くんだ。ししょーっていい子だったんだね」

 言ったあとで今からじゃ想像できないけどと思った。

「……そうか」

 澄んだ瞳がわずかに揺れた。

今回も回想が入りました。はい。仕様です。王道ファンタジーもので私が好きなのは人物同士の関係性とか、もういない人の思い出とかなので入るのは仕方ないんです。安心してください、ちゃんと王道ですよ。歴史の闇とかも関わってきますよ。

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