明日はきっと来ない
本編です。夜更かしすると頭が痛いです。やっぱり早寝早起き朝ごはんですね。
真新しい廃墟が夕暮れの中に沈んでいるのは少なくとも神秘的と言うには十分な景色だった。
もうもうたる土煙が止み、ガスか何かが引火したのであろう炎の向こうにぼんやりとドーム状の光の輪郭が見える。結界だろう。そうでなくては困る。まだ死なれては困る。
結界の向こう側に人影が二つ見えた。杖を手にした魔導師二人。無傷。内心焦ったが想定内ということにしておく。
イルマは微笑んでいた。娼婦のようにみだらな感じのする笑みだった。挑発する表情は、女がするとみだらだ。見ていられるものではない。
もう一人は、ユングは挑発するでもなくただ観察対象を見るように無感情にこちらを見ている。空色の目と目が合ったが不気味でそらす。昆虫と見つめあうような気分だ。娼婦の微笑みの方がずっとましだった。
「あのさあ」娼婦が語りかけてきた。旧知の友にするように淡々とした口調だ。
初めてのことだったのでびくっとして足を止める。ここまで彼女は話しかけても黙っていた。それを彼女から話しかけてくるとは、ばかでっかい心境の変化もあったものである。
「君はどうして私を嫌うんだい?私は君を知らないし、初対面のはずなんだがね」
開いた口がふさがらなかった。じっと興味深そうに淡い緑の両目がこちらを眺めている。初対面。初対面と言ったのだ。イルマの方ではまったく覚えていないのだ。ラナを賽の河原から引き上げたことも、蘇生したことも。
よく考えたら直接のつながりはそれだけだったが、普通忘れるようなことではない。
「ん?何だい?黙ってちゃわかんないよ」
淡々と促されてやっとラナは口を開いた。覚えてないの?本当に?うんまったく。力が抜けるようだった。記憶力がなさすぎる。まったく相手にされていなかったわけだ。
「ち、地下室」
「竜巻の多い地域によくある設備だね」
「地獄……」
「死後に行くね」
「じゃ、じゃあ魔導師さん」
「何だい?何か用?」
「そうじゃなくて……」
そういえばこいつも魔導師だった。あの人の名前は……思い出せなかった。いや、そもそも名乗っていなかったっけ。イルマとはかなり近しい関係のはずだが名前を言わないとわからないの人かもしれない。
自覚はなかったが、ラナは今敵の目の前で棒立ちになるという愚を犯していた。イルマとしてもユングとしてもまさに開いた口がふさがらないとはこのことである。
が、わざわざ指摘するほどお人よしではない。
「私は、あなたに蘇生されたのよ!?」
ラナの中ではここで「な、何だってー!?」となるはずだった。
「へえ。んで?」
しかし反応は淡泊だった。へはっと変な声が漏れた。ものすごくむなしい。
「そ……そんなこと忘れてたの?お医者さんで言うと命を救った患者を忘れてるようなものよ」
「忘れるさ。お医者さんだって飯の種いちいち覚えてないだろ」
こともなげに言い放った。自然な口調だった。こんにちは、とか今日は寒いね、とか言うのとまったく同じ口調だった。体の芯が得体のしれない冷気に蝕まれる。気持ち悪い。さっさと殺してしまおう。
時間を止めようとした瞬間だった。
「時止め発動かい?」
びくっとして能力を発動できなかった。何で知ってるの?いや、まだ言ってないはず。知っているはずがない。そうだ、鎌をかけてるんだ。罠だ。これは罠だ。あ、あわあわあわ慌てるな。
「な、なに言ってるの」
自分でもわかるくらい声が裏返ってバレバレだった。その手には乗るまいと思ったのに。頭を抱えて歯噛みするが、後の祭り以前の問題として鎌をかけたわけでもないので完全なる独り相撲である。自覚なき独り相撲。別名を道化だ。
ちょろいなと思うイルマであった。子供の扱い、得意かもしれない。
確かに自分の能力は時間停止だ。だが、とラナは考える。だがそれがわかったところで何ができる?やっぱり時止め発動だ。今度こそ刹那にも満たない時間で葬り去ってくれよう。
定まる決意と集中は別のものにそのまま持っていかれる。
煽ってくスタイルまだやるのか。