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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
散骨 弐
236/398

黄昏の町

 渡る世間が必要以上に鬼ばかりです。小説の話です。

「五分十秒ってとこか」

「何がです?」しっ、と指を立てる。声が大きい。「……あ、時間計ったんですか」

 まあね。イルマは少し感心した。非人道的だなんだと騒がれなかっただけでもいつもは大収穫なのに、説明の手間まで省けたのだ。この助手、けっこう有望かもしれない。

「にしても長すぎません?どうするんですか」

「あんまり近づかない方がいいね。君のその、魔法より得意な剣術もしばらく封印だ」

 ユングの顔が少し明るくなった。言わんとするところが分かったのだろう。不敵な笑みで応える。

「我胸中に策あり……ってやつだよ」

 考察は終わった。ここからは実践だ。路地裏を静かに出て、悪霊からは死角になる位置で肩当をつける。さあ死霊術師の本領発揮だ。肩当に魔力を送ってやる。

 ここにいると、悪霊はもう気づいただろうか。たぶん居場所には気づいただろう。居場所には。

「罠を張る。君は私の近くで軽く援護してくれればいいよ」

「罠については知らない方がいいのやつですか?」

「うん。ただ、巻き添えになりたくなかったら立ち位置をできる限り変えないことだね」

 最近の技術はすごい。腐らないだけではない。臭いさえしないのだ。イルマはくすくすと笑った。肩当の中で『それ』が動き出す。多少関節が固いようだが問題ない。

「行っておいで」

 特殊な薬品で防腐処理した小鳥の死体が20羽、飛び立った。スズメだ。生きているときのような自然な動きで散開し、どこかへと消えていく。

 これからはイルマの魔力は出ないはずだ。胃に呪符を詰めてあるため、別人の魔力としてか、魔力強めの小鳥としてしか認識されない。

 ファンタジーさんは絶好調だった。

「あれが、罠ですか?」

「あれも、だね。獲物が大きいときは網も大きいものさ」

 即興のことわざみたいなことを言って、イルマは悪霊が来るのを待った。ボディの不便さは十分教えてやったと思う。挑発も。だから次は、おそらくイルマを――魔導師のボディを狙ってくる。

 今回の悪霊は女児だから同じ魔導師でもユングが狙われる可能性は低い。

 超自我の抑制なのか、それとも性別という自己を形成する大きなパーツは元の体を捨ててもまだ捨てがたいのか、はたまた単に動かしづらいだけなのかはわからないが、一部の異常性癖の方々を除けば悪霊が異性の体を乗っ取る例は少ないのだ。

 さらに、悪霊の敵意の真相のほど近いところまで彼女は観察を重ねていた。

 あれはおそらく、嫉妬。ますます原因に心当たりがないが、本人に聞いてみればいいことだ。嫉妬なら仲間の体を乗っ取っての嫌がらせよりも嫉妬している相手の体を乗っ取る方が確率が高いだろう。

 エサは彼女自身。釣り針は大きくないけれど鋭い。さあ大魚はいつかかってくれるだろうか。

「後は待つだけって感じですね!ゆったりと思考に浸れるこういう時間、自ら進んで取ろうとはしないから本当に貴重ですよ!」

「うん暇だよね……ごめんね」

 しかし暇もそう長くは続くまい。悪霊が人体を乗っ取るには、まず相手を視界にとらえる必要があるのだ。視界に入るまで近づいて、遮蔽物も避けなければならない。そして、あの悪霊の性格的に選ぶ方法は絞り込める。

 イルマはけだるく、魔力を練り上げた。

 目の前の民家が爆発した。降り注ぐがれきの雨が地面のある一点を中心とした球形の範囲に入る前に対物理結界に、爆風の余波が対魔術結界に阻まれる。「おひゃあ」とユングが変な声を出した。

 家々は次から次へと爆発していく。地中から都市ガスの管が掘り起こされ、プロパンのタンクが起き上がってきても終わる気配はまるでない。嫌な臭いがし始めた。有毒ガスにつけてある臭いだ。

 風の魔法を自分を中心とした渦巻き状に起こしてガスを散らす。

「追憶する暇もないとか、向こうさんもずいぶんせっかちだな」大きなため息をついて、イルマは助手に振り向いた。「ねえ、さっき言ったことわかってる?動いちゃだめだからね」

「はい。今はまだ殺されたくありません」

 まっすぐな目で答えた。いつかは殺されたいらしい。正しくは戦いたいのだろうが、どちらにせよ今、イルマにとって意味はほとんど同じである。こいつはわかってない。

「その場合の死因、私が能動的に殺すっていうか、君が受動的に一方的に勝手にいつの間にか死ぬから。完全に事故死だから。いい?それでいいって言うんなら止めやしないけどさ、この死因、魔族的にどうなの」

 眉が中央に寄っていく。彼の中では真剣な議論が行われているらしい。民家の爆発はまだ続いている。遮蔽物になりそうなものをすべて排除するつもりらしい。

 結界は大量に魔力をつぎ込まないことには移動できないし、ただのがれきも当たれば死ぬのだから、ほかのところに今から隠れることなど想定するだけ無駄だと思うが、魔力の有り余るガキ悪霊のすることはわからない。

 ある種の八つ当たりだろうか。どちらにしても残念だ。この町、新開発の魔法の実験に使いたかったのに。もったいない。

 爆発する民家から悲鳴のような音がした。十中八九は物が壊れる音だが、一つか二つは本当に悲鳴だろう。師に教えられたイルマの耳はそれを確実に聞き分ける。たすけて、というパターンも。

 馬鹿どもめ、とっとと逃げればよかったものをとしか思わない。助ける選択肢はない。そこまでする義理も、能力も、利益もない。

「……嫌ですね、事故死」

「だろ。援護だけしてじっとしてな」

 がれきの山とコンクリートを被った荒れ地が目を怒らせた悪霊とともに姿を現す。日は西へ大きく傾き、町はとうとう壊滅した。

 悪霊編もうすぐ終了アルヨ。

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