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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
散骨 弐
234/398

無駄を省いた結果

 は、8月になってしまった……。地獄ソロです。

「おーい、ニーチェ」少し離れたところから上官の声がした。主人格を呼んでいるようだ。「……仮面でもいいけどさ。ちょっと来てくれ」

 主人格が出てくる気配がないので、仮面はそのまま立ってジールの手を引いて向かった。ただでさえここはひとが多く通る。今日は特に多い。ここで迷子になったら大変だ。

 それから、仮面の時の名前を、何かつけたほうがいいなと思う。今のままではあまりにもややこしい。

 ついた先ではぎゃんぎゃんと少女の死者が騒いでいた。中学生くらいだろうか。

 高校がとか点数がとか泣き叫んでいるせいでもうほとんど意味をなさない言葉を噴出しているのを冷ややかに一瞥し、上官に視線を戻す。

「どうかしたのか」

「あーうん」

 何かの書類を手にした上官は浅黒い肌に苦虫でも噛み潰したような表情を浮かべた。

 仮面の中で親友の面影が呼び覚まされる。生前は何かと迷惑をかけたが向こうも向こうだからこれっぽちも悪いと思っていない。

「まだ生きてたらしいんだ、こいつ」

 つまり臨死体験か。それは泣くな。鬼だらけだものな。仮面は一つ納得した。これも一種の社会見学なのだろう。

 ということは、これから現世に送り返すところでも見せてくれるのだろうか。そう言ってみると上官はくしゃくしゃと銀髪をかき回した。

「そうじゃなくってな。……まだ生きてんだけど、もう死後の手続きが終わってんだ。いつもならここからあちこち行って書類とかいろいろ揃えて申請するところなんだけど、今それやると全体の業務が遅れちまう」

「ほう」

 送り返さないらしい。ではどうするのか、仮面もニーチェもわからない。

 が、引っ張ってきたジールに何も驚いた様子がないのでよくあることなのだろう、そして見せたかったのはここまでだろうと解釈し、踵を返した。

「いや、待て。だからお前に用があるんだよ」

「用?」

「ああ。試運転だ。もっとよって来い」

 試運転、ね――近づくと泣き声がきんきんと耳を叩く。思わず顔をしかめる仮面に、上官は気の毒そうな微笑を返して、腰の引けた仮面の右手をつかんだ。そのまま、手を泣きわめいている中学生の頭に触れる。

 ざわっと何かが通り過ぎた。

「うん、ひとまず成功だな。おい、連れていけ」

 書類を近くにいた鬼に渡して指示を出した。そのまま中学生が羽交い絞めにされて連れてゆかれる。

「へっ、ご愁傷さま一丁上がりだぜ。……ここにいると邪魔だから戻るぞ、特にジール」

 仮面は頷いてまたジールを引っ張って上官についていった。

「何で私だけ特になんですか!?」

「自分で考えろ。あなたと違って上官殿は忙しい」

 俺も忙しくはねーよ。上官は思ったが何も言わなかった。大したことではない。これを機にジールがちょっとでも賢くなったら嬉しいのだ。

 元のあまり邪魔にならないベンチのところまで戻ると、隣の自販機で二人にジュースを一つずつ買ってやることにした。のども乾いただろうし、たまにはサービスも悪くない。

「いちご牛乳がいいです!」

「そうか。仮面ニーチェは?」

「焼酎」

「ダメだ」

 一蹴すると仮面はちょっと残念そうに口角を下げた。

「しょうちゅう……」

「哀れっぽく言ってもダメに決まってるだろうが。つーかねーよ職場の自販機だぞ」

「ならコーヒー。ブラックで」

 コーヒーはあった。しかし、おとなしくそのボタンを押す上官ではない。

「幼児にカフェインはよくねーよ馬鹿。おとなしくミックスジュース飲んどけ」

「なぜ聞いた……俺の意志は必要なかっただろうが……」

 ぼやきながらも仮面はミックスジュースに口をつけた。甘さに辟易するかと思ったが意外においしい。子供舌になっているのだろうか。心の底にひそかな不快感を沈める。

 何もかも、前とは違うのだ。適応していくしかあるまい。

「そうだ、結局あれは何の試運転だったんだ?」

「あれか?直死だよ、直死」上官はカフェオレだった。ちょっとだけ羨ましい。「お前の両手、現世の生き物が触ると死ぬようにしたんだ」

 仮面の下の皮膚がぴしりとプラスチックのように固くなった。

「なぜ」

「便利だろ?」

 ニーチェはどちらも口をつぐんで答えなかった。一種悲壮な色を持ち始めた横顔に気付かず、上官は続ける。

「ああいうケースな、たまにあるんだよ。2年あったら一回はある。その割にちゃんとした対策がねえ。そのたんびに仕事が遅れる。だからこの前お前に搭載してみたんだよ、直死。ちょうど魔法使えるし。ただオリジナルと違って暴発されると困るから触れると発動するようにしたんだ。なかなかいい機能が付いたと思わないか」

 やはり、仮面をつけた横顔は何も言わない。表情からも何も読み取れない。上官は怪訝に思い、覗き込んでみた。ニーチェの手が面に伸びる。

「ああ、便利だな」

 笑った顔に仮面はなかった。つまり主人格だ。その意味を深く考えるほど上官は注意深くなかった。

 ヒント・比較的まともなのは副人格の方です。

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