ハイド氏とシーク氏
かくれんぼです。「ジキルとハイド」という本がありますが、私は古い訳の「ジキル氏とハイド氏」の方が好きです。
やっぱり呼び捨てはちょっと気が引けます。
「やだ、怖いなぁ。ふふ、逃げちゃおっと」
再びぼんっと音を立てて煙が立ち込めた。また煙幕というわけだ。
さっき無効化したのに、学習しないやつだな。でも、時間停止のことは全然知らないだろうから仕方ないか。学習する間も与えずまたすぐに見つけてやろう。
それから……やはり、己の罪と罰をしっかりと認識させねばなるまい。そのはず、だったのに。
「あれ……?」
時間停止を使って煙幕を払っても、魔導師二人の行方は杳として知れなかった。さほど遠くへ行ったはずもないが、とにもかくにも見当たらない。
どこかに隠れたのだろうか?しかし、と肩当を思い出す。あんなのを肩につけていて隠れられるような場所はない。もはや異空間にでも飛んだのではないかとすら思わせる。
結局、もう一度探しなおしてみようと元の地点に帰ったところで時間停止が切れた。今、ラナのレベルは31。つまり310秒間、五分ちょっとも時を止めていたわけだ。それで見つからない。
いっそ本当に異空間に飛んだのではなかろうか。
「逃げた……!?」
もちろん、魔導師たちは逃げてなどいなかった。ただ、本気を出して隠れただけである。
(肩当に目を付けたのはよかったね。お利口さんだ)
なおイルマからはラナが見えている。距離もかなり近い。やはり、一瞬で移動したように見える。しかし、一瞬の間にずいぶん疲れたようだ。
(でもさあ、そこに目をつけるくらい誰だってやるし、となれば私もとっくに対策済みなんだよ。ごめんね)
人ひとり入れるかどうかの暗い路地裏にすっぽり納まっている。その肩幅はいつも通りで二倍になどなっていない。外したのである。そもそもイルマの巨大な肩当は固定などされていなかった。
実は裏にスナップボタンがついていて、ワンタッチで着脱可能である。仰々しい見た目に反して重さはない。実はすごく軽い。
外側はプラスチックに塗装、内側の肩にあたる部分に至っては発泡スチロールを布でくるんだだけの代物だ。この二つの素材は瞬間接着剤でくっついている。
もちろん、こんなつくりでもある程度の防御力は保証されている。上から落ちてくるものに強い。二回までなら30センチ上方から落ちてくる硬式野球ボールくらいのサイズのコンクリート片から肩を守る。
なお二回目を終えた時点で肩当の原型はほとんど残っていない。また横方向にはまったく機能しない。
つまり、防御のために身に着けたわけではなかった。そりゃあワンタッチで外せるわけだ。出ていくときにはまた装着する。相手を騙しておくのはもちろんのこと、別の機能もあるからだ。
やはり煙幕は一瞬のうちに消えていた。想定内だ。だから、本気で隠れた。どのくらい時を止めていられるかわからなかったのもある。というか、今もわからない。
とりあえず『10秒!そして時は動き出すッ!』みたいな短さではないと思うが、上限はまだわからないのだ。最初にイルマに追いついてきた時が限界まで時を止めた結果なら、煙幕を払うのに魔法を使って、それから走って追いついてだから大体三分かそこら。
だが、あれが上限ってこともないように思われる。
(少なくとも三分以上ってことが分かっても、多くてどれくらいかがわからないと困るんだよ)
セキショウはすでに動き出している。後は、能力の精細をここから見抜き、対策する。いつもと同じだ。だが、いつもほどゆったり構えてもいられない。
相手はイルマと同じように学習するが、イルマほど弱くはない。異様な敵意も観察していれば答えは見える。見えなくても、この場合にはプラスの要素でもマイナスの要素でもない。
これ以上の学習の暇は与えてやれない。これ以上何かを学ぶ前に、消し去る。
肩当のもう一つの機能はまだ秘密です。