断罪と懲罰
罰というものは罪ゆえに与えられるようですが、多くの場合、罪と罰は一対一ではありません。罪のほうが罰より重いことも、罰が罪より重すぎることも、往々にしてあるものです。
それどころか、罪の概念そのものが食い違うことも。
「ねえあなたってさ」自分語りか何かでも始めるのだろうか。能力のヒントでもあるとうれしいな。のんびり構える。「あなたって自覚してるの?自分の罪を」
魔導師は答えない。わずか口角を上げて、笑っているようにも見えた。そのことがラナを苛立たせる。思わず顔が歪んだ。
何言ってんだこいつ。厨二か何かかな?あー、それよりもう少し大股に歩いてくれないかなあ。もっと近くないとダメなんだよね。イルマは笑みを含んだまま、淡々と距離を測っていた。
「……どうしてよ」その一言で次から次へと感情が溢れ出す。「どうして、どうしてあんたなのよッ」
よっしゃ射程に入った。喜びも表に出さず、悪霊と対照的なポーカーフェイスのまま、心を落ち着けてタイミングを計る。それ、それ、それ。はいここ。
「何であの人が見てるのはあんただけなのよ!?あんたと私で何が違うっていうの?あんたが一体あの人の何だっていッ!?」
少女の両手足に刀身の太った鏢が突き立った。糸が体に絡みつく。信じられない思いで見つめたイルマの両目はただ漠とした深淵を湛えていた。朱唇が紡いだ「縛」の言葉に、鏢には神聖護符が貫かれていることを理解する。
届かないのか。この声は心に響かないのか。この世には話しても分かり合えない相手がいたのか。
たまらず悲鳴を上げた悪霊を、魔導師は冷然として見つめている。マントの裏に仕込んだ鏢に、手を広げている間にしておいた細工だ。イルマだって自分ただ一人の魔力で悪霊を降せるとは思っていない。借りられる力はすべて借りる。
神聖護符に込められた祈りは人に害をなすものを封じてくれ遠ざけてくれといった類のものだ。人に害をなすために作られた悪霊がこれで動けなくなるのも自明の理である。
これで足止めする間に、別の魔法を使ってやろうという魂胆だ。
「爪を鎖もて地に縛れ。牙を水もて海に封じよ。睨む両目は空へ遠く。たてがみに風は分かれず、吠えるとも耳には届かず……」
唱え始めた呪文と、すでに発動を始めた魔法に我に返る。この呪文は封印だ。それも、もっとも効果が苛烈なもの。
叫びを悲鳴から咆哮へ転じて、じたばたと暴れる。ただ暴れるのではない。乱れ撃った風がイルマの頬へ切創を作ってゆく。体に刺さった鏢は抜けない。神聖護符があるからだ。
さらに吠える。叫ぶ。護符が黒く濁っていく。地を這うようにしてその場を逃れようとあがく。何度か時を止めた。
ぎしりと嫌な音を立てて軋んだのは、どちらの骨だっただろうか?
「――くそッ!」
引きずられながら、イルマはやむなく糸を切った。背中をパン屋の壁にぶつけ、解き放たれた悪霊がどこかへ走ってゆくのを力なく見送る。とても追えない。
脱臼寸前まで引き伸ばされた全身の関節がじくじくと痛む。何て馬鹿力だ。さあ、次はどうする。うかうかしてると死ぬぞ?耳の奥に師の声がするのを、わかってるさと突き放した。
あちこちに回復魔法を当てながら考える。自分があのくらいの時、あんなに力があったか?なかったと思う。
だが世の中には死にかけた時に大人を三人吹っ飛ばした三歳児だか四歳児だかの例があるらしいから、自分を守るためにかけているリミッターを解除した時の人間本来の身体能力としたらまだわからないでもない。そう結論付けようとして、首を振る。
いや、だとしてもだ。悪霊がどう動いていたかはじっと観察していた。その動きのわりに、どこもかしこも傷みすぎている。
師がかつてリンドという人と『個人的に仲良く』なったときに教わったこのあやとりは手順に従う限り忠実に使用者を守る。手順を破った覚えはないから、こうもあちこちにガタが来ることはありえない。
それでなくとも普通は、めちゃくちゃに引っ張られたりしたら、無意識に少し手の力を緩めたり違う風に踏ん張ったりして、ダメージを和らげるものだ。
だとしたら、ひょっとして。
さすがに『散骨 参』は……ないよね?