きいてはならぬ
前回に引き続いて回想です。はい。週に一から二回、抜けることがございます。仕様です。受験生なんです。勘弁してくだちえ。
でも昨日の進路指導講座の時熟睡しちゃったんだよなー……。
「今、電車が通ったろう。あれが終電だ……日付が変わるなァ」
終電とそれ以外の音の違いはわからなかった。それでも耳を澄まし続ける。電車は少し止まって、どこかへ通り過ぎていった。
ちくたくとごく小さな針の音がする。時計は連続秒針にすればうるさくないのに、あえてのチョイス、訳が分からない。時計。そうだ、ししょーは終電の時間を知っていただけなのかも。
音を拾うのに集中することで、逆に耳には夜の静寂が届いた。鏡のように凪いだ水面に、時折立つ波。波紋は耳に届いて、やがて消えていく。そういえば音も波なんだったな。
じっと耳を傾けていたら、だんだん意識が眠りへ落ちていく。
「さあ、次は祭囃子だ」
――え?
意識が引き戻された。ま、祭囃子?うんと耳を澄ます。聞こえない。そんなの聞こえない。聞こえないよししょー。なぜか言葉は出なかった。
うっすらと目を開ける。目を閉じたままの師の頬には、柔らかな微笑みさえ浮かんでいる。
「太鼓と、鈴と……ああ、何だろうな。鉦かな……ずいぶん、楽しそうだ」
やっぱり、そんな音は聞こえない。ししょー、おかしいよ、と言えたらよかった。よかったのに、イルマは何も言えずに目をつむっている。耳は師へと傾けたままだ。
「ゆっくり、こっちへ近づいてくる。……人の声もするな。叫んでいるような。何と言っているのかな……」
近づいてくる、だって?それは聞いたらやばいやつではないか?しかし、どうしたものかわからない。ただ師の胸元に擦り寄った。温かい。
いつもなら寄るな気持ち悪いとか言われるところだが、珍しく腕を回して軽く抱いてくれた。本当は寄るなと冷たく突き放して、いつも通りに戻ってほしかった。
「……怖いのか?ああ、大きな音だものな。……入ってきたら不法侵入で暴力に訴えてやろう」
せめて寝ぼけているだけと信じたかったが、声には眠そうな響きすらもない。ささやきだが、日中と同じくはっきりと発音している。
いつも通り冗談も飛ばしている。白昼夢なんか見るような殊勝な人格ではない。完全に覚醒している。
師の心臓の音を聞きながら、ひたすら願っていた。どうか、すぐに直りますように。明日になったら、元に戻っていますように。朝起きた時にはいつも通りのししょーがいつまで寝てる早く起きろって叱ってくれますように。
「せんせー朝ですよぉ!いつまで寝てるんですかあ早く起きてくださいよぉおお!」
「お前じゃねーよ……くそっ」
イルマを起こしたのは、ドアの向こうから聞こえる助手の絶叫だった。
当たり前といえば当たり前だが当てが外れたような気分だ。記憶の中では師が「起きろ。そして離れろ気持ち悪い」と比較的優しい言葉をかけて起こしてくれたはずなのに、中途半端に現実に戻ってきてしまった。
夢と知りせばさめざらましを――何の呪文だったかな。何かの歌集の短歌の下の句だけ持ってきて何かの呪文だったと思うのだが。最近、とんと詠唱をしていないからよくわからない。
必要がなかったのだが、今日は必要かもしれない。幸い出向くのは昼だ、それまでに魔導書でも読み漁って思い出しておこう。
そして伝説の続き章、「散骨・Ⅱ(仮)」がますます現実味を帯びてゆく……。つまりは要領が悪いのです。他の作者さんならこのくらい6話で終わらせてるよっ!と自分にキレてもみます。
そうすると必ず奴が、ショクニンカタギという名のラスボスが姿を現すのであります。プラモに墨入れウェザリングとかでは飽き足らず、改造とか施しだすあいつです。そして屈してしまいます。むむ。