甘い風呂
ラブコメしようとして華麗に失敗しました。なので、題名もスイート・バスルームではなく甘い風呂です。
「げえぇえぷ」
宴が終わり、片付けも終えて風呂に入ったイルマはさっそく大きなげっぷをした。肉のにおいがする。
後片付けにかかる寸前に政治家と剣士が忽然と姿を消したのが本日のMVP。わー食い逃げだぁ。一方ユングは珍しく「何したらいいですか?」と手伝いに来てくれた。
二度手間だすっこめ、と厚意を突っ返したのは決して彼が電球を割っただけのせいではなかろう。今日までの積み重ねだ。
「あー、発泡系入浴剤サイコー。弱酸性の液体に骨まで溶けて蒸発しそうー」
欲しがりません勝つまでは、と贅沢は敵だ!がコルヌタの戦中戦後、そして近く三年の流行語大賞に輝いている。さらに入浴剤は贅沢品だ。が、それはそれ。
しゅわしゅわの感覚に明日をも知れない身を任せるのもたまには悪くない。
「僕が入るまでにそのしゅわしゅわ、もつといいんですけどねえ……」
「聞こえなーい」
ふんはふんはふんふふんはー。パンクロックを鼻歌しながら目を閉じて、肩まで浸る。くぁ、とあくびをしたところでばしゃっとシャワーの出た音がした。何奴。
全裸のユングが頭から湯を浴びていた。
「……えっと」
何から突っ込んだものか。何してんの?はないよなあ。手にぷしゅぷしゅとシャンプーを適量。頭につけてわしゃわしゃ。どう見ても頭洗ってますね。はい。
「君はどうしたのかな?」
「僕もしゅわしゅわしたいです。そのために時間を節約します」
イルマは何かを諦めた。何言っても無駄だこいつは。それにしても洗い場を占領されるのはちと困る。上がりづらい。
「あのさあ、君は男で私は女なんだけど」
「さようですか。また、わかりきったことを」
わかってない。わかってるけどわかってない。絶対。視線を戻すとユングはシャンプーを終えたところだった。
濡れ烏の黒髪が本当に濡れている。毛先がくるくると丸まって白い額や耳の周りに貼りついているのがなまめかしい。視線に気づいてか、ぼたぼたと毛先から水滴を落としながら振り向いた。
「もー、先生のえっちー」
「……じろじろ見たのは私が悪いかもしれないけどさ、お風呂に勝手に入ってきたの君のほうだからね。この状況で110番したらお縄になるのは間違いなく君だからね」
痴漢ダメゼッタイってやつだよ――言いかけたところでユングが犬か何かのように頭をぶるぶると振って水気を飛ばしてきた。うーわと狭い湯船で後ずさる。
ある程度水を切ったところで何事もなかったかのようにリンスを手に取って毛先に刷り込み、髪をゴムで括った。先に体を洗うらしい。
「痴漢冤罪もダメゼッタイしてくれませんかねえ。女子高校生とかがひそひそ言いながらこっち見たりするの、何しゃべってるか知らないですけどぶん殴ってやりたくなります」
少し意外に思えた。闘争の悦びのせいでたまに狂うだけで本来はもっとおとなしい気性だと思っていたのだが、ある程度素だったようだ。
「女の子は殴らない!とか言うと思ったのに」
「言いませんよそんなの。男女平等の世の中じゃないですか僕はどっちも殴りますよ」
ふうん。それを聞いたらまた師のことを思い出した。こっちはさほどしっかり記憶しているわけではないが、だいたいこんな会話だった。
「いたっ……!?女を殴るなんて、最低ね!」
「男女差別はしない主義でな。……だが貴様は中々愛らしいから特別に、木馬に乗せてやろう」
その人は今たしか、書庫の二番目の棚と、事務所の机の上と、納戸の奥にいたような。もちろん一人である。まあ、解体とかいろいろしたから一人と呼んでいいのかどうかあれだけども。
ふと目を上げたら頭も流し終えたユングが浴槽に片足を突っ込んだところだった。
「え、ちょ、入るの」
「当たり前田のクラッカーでしょ。とっとと出てってくださいよ、狭いんで」
呆然としていたため、言われるままに風呂を後にしてしまった。湯気で曇る曇りガラスの向こうからは一人カラオケが聞こえてくる。きっとしゅわしゅわを堪能していることだろう。
「ひどい……ひどすぎる」とりあえずバスタオルを手に取って嘆く。「ここの主は私なんだぞ……それを……」
しかも、明日死ぬかもしれないのに。寒気を感じて、イルマはとりあえずパジャマを身に着けた。なんだかもういいや。ドライヤーを当てる。とっと寝よう。健康の秘訣は早寝早起きなんだよ。
正直、その背中に悲壮感はなかったりもする。
コマンド作ってみました。
ユング
∇ぼけつをほる
いえをでていく
あしをひっぱる
げんじつからにげる
なつく
みずをとばす↼NEW!