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到着

 どこに?って、それは後で明らかになります。

 最終的に師が取り出したのは、大きな丸い宝玉をひとつ、四つのツメで掴んでいる、埃じみて古びてはいるがこざっぱりした杖だった。

 女性用なのだろうか、少し短めの柄は珍しい細身で、さざ波のような木目が見える。少し古臭くシンプルだがそれなりに美しいデザインだ。これを持った自分、悪くない。

 だが、これはなぜか……持ちたくない。

「持ってみろ」

「や、やだよ」一歩下がった。「それ、なんか、やな感じするし」

 上出来だ。杖を突きだしながら師が微笑んだ。ほら持ってみろと言いたげだ。杖からは何かしら負の属性が放出され続けている。

 いやいやと首を振るが師は引き下がらない。上出来ならやめてほしいものだ。しばし、その場で攻防したが、イルマはほぼ無理やり杖を押し付けられる形になってそれを持った。

 横っ面を思い切り張られたみたいだった。店の中にある、野球のユニフォームや、杖や、床や、壁のポスターがぐるぐると回る。

 ここはすでに、店の中でもないかもしれない。全身から力が抜けて思わずその場に膝をついた。

「落ち着け」落ち着いた師の声が低く耳を打つ。背中側が温かい。「奪われたのは、体力ではない」

 お前は膝などついていない――暗示にかかったように網膜に脳裏にはっきりと像が結ばれる。

 本当だ。めまいがしてふらついたものの、背後の師の手のひらにそっと支えられて立っている。それにどうやら別に力が抜けたわけでも倦怠感があるわけでもない。何ともない。

 体は。

「な、なに、これ……」

 どうにかそれだけ言ったが、その先は思い当たらない。言葉が出てこない。頭がひどく重い。考えるのがひどく億劫だ。

 何を聞きたいんだっけ。どうして聞きたいんだっけ。何がほしいんだっけ。何もいらない?何を持っているんだ私は。離してしまおうか。でもこれは持っていなければならないもののはずで。何で?ししょーがそう言ったじゃないか。でも。

「確かに、まだ早かったな」

 手から杖が離れた。はっと我に返る。杖は今、師の手にもなく元通り傘立てに突っ込まれていた。なにこれ、ともう一度聞いてみる。

「……これか。使用者、というか接触した生物の魔力を吸い上げて封じてしまう何とも不思議な杖だ。メインは玉だがな。封珠の杖、とでも呼ぶか」

 つまりどういうことかという質問には答えず、さっそくおばちゃんの所まで行って杖を購入してきてしまう。しかもかるーく値引き交渉までしやがった。決まり手は褒め殺し。

 あれはスーパーで20パーセントオフの豚バラ肉を見つけた時のオバハンの動きだ。一切の無駄がない。いつも思うけど無駄な行動力だな。

 あとは杖をぐるぐるに梱包して自転車の前かごに突っ込む。そしてまたがる。入ってない。それはたぶん入ってないよししょー。あっ片手で支えた。やっぱ入らないんじゃん。ほら見ろ。

「ねーししょー、自転車って傘さしちゃいけない理由が高さにあるって知ってた?」

 男は振り向かなかった。どういう顔をしていたのか知らない。でもたぶん、「へえ」と顔に書いてあったと思う。

「そうなのか」

「規定の高さがえっと……どのくらいだったかちゃんと覚えてないけどさ、それ間違いなくオーバーしてるよね?いいの?」

 やっぱり振り向かなかった。片手で杖を支えたまま、ひょいとサドルに座る。

「だからどうした?……歩いて帰るのか、お前は」

 言うだけ無駄だった。好きにやって警察に止められてしまえ。

「……乗る」

 またきこきこと自転車は走り出した。いくらか西日がきつくて、たまに籠のほうからがたがた何かが揺れる音がするほかは行きと同じだ。速度も変わらない。疲れた様子はない。

 あの杖、何となく納得がいかない。イルマはあんな目にあったのに師は割といつも通りじゃないか。奪われるのは魔力であって体力ではないから今にして考えればその通りなのだが、ぶうぶうと文句を垂れていた。

「ともあれこれが今日からお前の杖だ。一生ものだぞ、よかったな」

 嫌だよ。これが一生とか何の罰ゲームだよ。私は前世で何をしたんだよ。口を尖らせたが聞こえていなかったか聞いたうえで無視されたらしい。とにかく聞き入れられなかった。

 多くを望んで来たわけではない、ないけれど。

 持つだけでめまいがしたりふらついたりの症状が出る杖を与えられてしまったのだ。もうちょっとくらい高望みした方がよかったかもしれない。

「ねーねー、あの杖ずっと持ってたらどうなってたの?」

 さあな。何かのロゴが入った背中は何も言わなかったが何となくそう言われたような気がして、……。


 目的地付近に到着しました。追憶を終了します。カーナビのような残響を残して現実に戻ってきた。その付近からがわからんのだ、とか何とか師が悶えていたのを思い出す。

「歩くと結構遠いね。もっと近いと思ってた」

 巨大な石造りの門をくぐる。自然と独り言がこぼれだすが、ここではそれは恥ずかしいことでも何でもない。きっと他の人もそうだから。

「でも、遠いくらいがいいのかもね。その方があきらめもつくし」

 石畳を踏み越えて、建物に入る。ちょうど出てきた老人に会釈を返して、奥へ。ここの管理をしているおじさんに会うのは、たぶん半年ぶりだ。泣きそうな気持を抑えて、とびっきりの笑顔を作る。

「お願いしますね、おじさま」

 コルヌタ全土に警報が出されたのはちょうどこのくらいの時刻だったという。

 この章、長くなりそうだなあ……。

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