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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
マン・フィッチ・ワズ・ラッフィン
203/398

23

 やー、この前見たらなんとブクマが100件を超しておりました。皆様のご愛顧のたまものです。もう今年で18だというのに年甲斐もなくはしゃいでおります。

 これからもどうかごひいきに。

 最初の一人はきれいなプラチナブロンドの女性だった。察するに仕事帰りのOLといったところか。傷はできるだけ小さくしたいな。顔がきれいだから。アイスピックを握りしめる。

 人通りの少ない路地に入るのを見計らい、一撃で延髄を突く。目を閉じる間もなく、彼女はその場にくずおれた。

「もっと背後に気をつけなきゃ」

 痙攣の止まった体をひょいと背負ってあの廃工場へ運ぶ。力の抜けた人の体は重たい。今話しているのは、仮面ではなく赤鬼本来の人格だ。

「この道、日が落ちたら真っ暗で、人も通らないんだから危ないよ」

 そっとコンクリート打ちっぱなしの床になよやかな肢体を投げ出す。死体は失禁していたが気にはならなかった。抱きしめて、ゆっくり体温が消えるのを感じる。

 幸せだった。明日が来なければいい。ずっと夜のまま、誰も探しに来なければいい。でもそれは無理なことだ。しかも秋口だ、彼女ともすぐに別れなければならないだろう。そうしてまた誰もいなくなる。誰も。透き通った雫がひとつ、ふたつ、頬を流れ落ちてゆく。

 泣く赤鬼を、瞳孔の開いた女の双眸がいつまでもいつまでも見上げていた。顔には何の表情も浮かんでいなかった。

 持って帰ろう、と思った。


 声が出なかった。肺に空気が残っていないのだ。頭がぼーっとして痛むのもきっとそのせいだ。息を吸おうにも、気管を締め上げられていて、満足に酸素を取り入れることができない。

 目を開けたら、藤色と視線が交差する。少年。便利な少年。15歳。なぜかスルメが好き。誕生日は……そこまで出てくるのに、なぜか名前を思い出せない。

 支援者の名前が出てこないなんて、政治家としては失格もいいところだ。会見では何と言おうか。

(葛南エメトは昨晩、何者かに扼殺され、この世を去りました)

 まあ悪くない。だが、この少年を『何者か』と表現するのはあまりにも、そう、壁があるように聞こえはしまいか。では『少年』?そのほうが悪いかもな。少年事件となれば、三流ゴシップ誌のいい餌だ。興味本位で面白おかしくあることないこと書き立てられるに違いない。

 では何と言うべきか?

(僕は昨晩、顔見知りに首を絞められて死にました)

 あまり私的な関係を匂わすとよくないだろうから、このくらいが妥当だろうか。よーしこれで行こう。

 ほんの少し、少年の手の力が緩んだ。ひゅーっ、と壊れたホースのような音がして肺に酸素が供給される。いくらか頭がはっきりした。

 時刻はわからないが、夜。電灯は一つもついていない。暗い部屋だ。風呂に入ったあとベッドに横になって部屋の電気を消したところまで覚えている。

 おや、どうして相手の正体がわかったのだろうか。感触からしてゴム手袋をはめているらしい。

 ここまで信じて援助してくれた人たちに謝罪の言葉の一つもあったほうがいいかな?

(葛南エメトは死にました。わが党の公約は……実現できそうにありません。申し訳ありません)

 公約は、のところで言葉を切って溜めるのがコツだ。謝罪会見か。何回目だったかな。ちょっとしたことでもとりあえず謝ってきた。この国にはよくないことを『水に流す』って習慣がある。使ってなんぼだ。

 あの連中は、どうだろうか。自分が死んだあとどう考えてもこれまで通りの勤労を見せるか、見せまい。公約が実現できないどころではない。国民の血税をすすることしか知らないあの蛆虫どもに政界を任せていたら国が滅ぶ。

 50年……いや、20年だ。諸外国からの借金と国債の額が膨れ上がり、返済できなくなる。頼みの綱の経済成長はもうすぐ頭打ちだ。

 技術大国?グローバル社会っていうぐらいだ、10年もすれば追いつかれるさ。増税したところで国民は金を持っていないから、バラの花でみんな転ぶ。

 魔界に助けを求めるか?かつての大国ならまだしも、今の魔界はいくつもの小国に分裂している。足手まといの人間国家などどこも欲しがらないし、面倒を見る余裕もないだろう。

(非常に残念なことですが、この国はおしまいです)

 できたらこんなこと言いたくはないし、そうならないようここまで尽力してきた。まだ死ぬわけにはいかない。今からならまだ、自分の首が絞まるより前に相手の首を折れる。すいと両手を伸ばした。すぐに白い首に指がまとわりつく。暗闇に慣れた目が初めてその顔をとらえた。

 折りたくないな。うなじを指が滑って、右手は硬い髪の毛に分け入る。左手は背中を撫でた。ともすると骨折させそうな剛力をどうにか抑えて、優しく抱き寄せる。

(僕は死にます。この国はおしまいです。申し訳ありません)

 引き寄せる両手の力に抗いきれなくなった少年の体が自分の上に落ちてくる。絞められている気管を押し広げて、肺から空気が抜けていく。重くなったものだ。

(でも何だか幸せなので、許してください)

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