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全校集会の無意味感は異常ですね。
舞台に上がると、思ったより照明が眩しかった。次は~くんの演説です、の定型句と一部から上がる黄色い歓声。見た目とは意外に強力な武器だったらしい。
しとしと降り続く雨のような視線の中、生徒手帳を開く。
「服装規定」スピーカーからした自分の声が思ったより大きくて少し驚いた。「前半略。細則。頭髪について。パーマや脱色、染色、段カット、剃り込みなど流行のヘアスタイルは禁止。男子は髭を生やしてはならない」
今読み上げているのは生徒手帳の、生徒心得のページである。袖で他の立候補者が怪訝な顔をしている。観客のほうはこちらからは陰で、そんなに見えない。
だが、おそらく何が始まったのかと思って困惑しているだろう。
「女子はブラウスの後襟が隠れる線より長い髪はくくるか切ること。一つか二つにして、くくるか編むかのいずれかにする。くくるゴム紐、止めるピンは、黒系統で飾りのないものを使用する――まだあるが、本当に必要か?」
言葉を切って、生徒手帳を閉じてマイクの隣に置いた。
「このすべての項目を、生徒の何人が守っている?いや、教師の何人が守らせている?立候補者にすら守れていないものが混じっていたように思うのだが、守らせているというのなら今ここで手を挙げて、いつどこで誰に何を注意したか、そしてそのとき注意した者がこれらの項目を守っている状態を俺に見せてくれ」
手は挙がらなかった。袖でさっきの男子生徒が自分の髪を触っていたのがちょっとおかしかった。そうですねドレッドヘアはだめですね。ちょっとだけ声のトーンを落とす。
「誰も守らない、誰も守らせない。これは本当に必要な項目か?とてもそうは思えない。必要なら守るし、守らせるべきだ。しかし誰もそうしていない……そうだろう?」
最後は落とした声のトーンを、一気に上げる。
「誰も守っていないなら自分が守るのもばからしい。そもそも決まり自体がいまどき古い。そうやって今の状況が出来上がったんじゃないのか?だから――校則を見直そう?俺が生徒会長になったら、校則を見直す」
口を丸く開けた生ける屍の群れに、「以上だ」と言い捨てて袖に引っ込む。引っ込んでしばらくしてから、~くんでした、ありがとうございました。の定型句が聞こえた。立候補者は彼で最後だ。
おかしいな、拍手が聞こえない。
「お……お、おま、おま、なに、いってっ」
例の色黒が何か言いたそうにしている。何?赤鬼は首を傾げた。
「生徒会の長らしいことを言ったつもりなのだが。どうした?自分の愚かさに嫌気がさしたか?なら首を吊れ。こう、勢いをつけてやると成功率が高いらしいぞ。知らんけど」
「ちが……おま……おま」
「では何が言いたい。ところで拍手が足りん。興が削がれる、何とかして来い」
「……無理に決まってんだろ……」
「無能が。つくづく使えん家畜だな……さあハラキリショータイムだ」
「俺に人権はないのか!?」
はーらきり、はーらきりと囃したところでふっと思い出した。
「あ」
「どうした?」
「生徒手帳、壇上に忘れた……」
「……バカ」
さて、ここまで赤鬼はまともに話しているように見えるが、実はここで話しているのは赤鬼本人ではない。当たり前だ。質問を投げかけられて吐きそうになるような奴が演説などできるものか。
人づきあいが苦手な赤鬼は、追い込まれたことで新たな人格を仮面として作り出した。
コミュニケーション能力があって、協調性があって、独立していて、公の立場にふさわしい人格。まさに理想の体現だ。傲慢なのが欠点だが、この欠点はむしろ彼がこの理想と成り代われる可能性を示唆していた。ありもしない可能性を。
仮面の人格の記憶は赤鬼も共有するが、仮面の方は記憶を共有せず、赤鬼の存在も知らない。立て看板の裏から向こう側をうかがうようにして生きている。そのときは友達と笑ったり、生徒会で討論したり、楽しげな向こう側を遠くから覗けるだけでよかった。
しかしだんだんと、ありのままの自分というものを見てほしい欲求が生まれる。それがどんなに醜くとも。他に手はないといっても、仮面を通すのは苦しかった。
相手が喋らなくて、どこかへ行ってしまわなくて、ずっとこっちを見ていてくれたら仮面を使う必要もないのに。いつかの少女の死体のように、嘲りも疎みもせず、虚ろな両目で自分を見ていてくれたらどんなにいいだろう。寄り添ってくれる相手に体温がないことくらい何だろうか?
そうだ、死体にすればいいんだ。そうすればもうどこへも行かないね。赤鬼の中で、倫理観はすでに機能していなかった。
生徒会長としては、公約通り校則を見直したり備品をそろえたり、有能に働いたようである。