駅前の魔法使い 1
分割しております。
「……今日は客、来ないね、ししょー」
駅前の一等地とはいえ寂れた下町、南向きに建てられた魔導相談事務所という看板の掛けられた小さなビルの一室。そこで少女は吐息を洩らした。栗色の髪。年は14歳くらいだろうか。
客も景気が良ければ猫探しだの浮気調査だの、くだらない用事でも持ってきてくれるが消費増税のあおりを食らって誰も来ない。
来ない理由はおそらく税金が上がったから少々値上げしたせいなのは自明の理だが、そうでもしないと彼女が干上がる。
「最後に依頼来たのいつだっけ……?あ、3か月前だ……」
キルトデザインのソファーに一人座って答えの帰ってこない言葉を虚しく天井へ放っている。大人が二人、余裕で座れるサイズだがその隣には誰の姿もない。
静かな部屋だった。すぐそこの路地で立ち話をするおばさんたちの囁きが聞こえるくらい。
あそこの娘さん、また男作ってどっか行ったんだってね。すぐまた帰ってくるわよ、生活能力ないんだから。だって前もそうでしょ?……そんな雑談をするならいっそ依頼してくれたら生死にかかわらず回収してくるのにと思う。
しかし勝手に動くと人命を救助したとしても場合によっては訴訟されて罰金刑になる。結果として今は開店休業もいいところであり、どころかちょっと前に貯蓄を使いつぶしたので生活保護まで頂いている。
魔法使い系統の職としては仕事を見つけるのが難しいのは自営業の一番辛いところだ。年齢的に受け入れてくれるところがまずないがそこらのアルバイトをするより収入が多いのはなぜだろう。
「あはは……私、税金泥棒になってるよ、ししょー」
いや、隣どころか室内にも、室内以前にこのビルの中にも、少女以外の人間の姿はなかった。師匠などいようはずもないこの空間で、彼女が話しかけているのは強いて言うならアンティーク調のデザインをしたロッキングチェアだ。
そこにはもう誰も座っていない。霊体も座っていない。少女には少し大きすぎて、座ることもない。カウンターの奥にある椅子だから来客に勧めることもまずない。
かつてここに座って揺られていた主は天に召されていない。
「やっぱり人間働かないとダメになるんだよ……ししょーみたいに」
なんと地獄に落ちている。
殺し過ぎたのだろうと適当にあたりをつけているが、その論理だと現代の国家直属と自営業の魔導師はもれなく地獄行きだ。国家直属なら軍属でなくても紛争地帯への介入とか言って、あちこち戦場を行ったり来たりさせられる。
自営業だって生活のためなら麻薬の宅急便、はては暗殺から自爆テロまでしようと思えばできるので名前が売れればそういう依頼もやってくるのだ。
幸いにしてイルマはまだそちらの世界には手を出していないが、師が有名なので依頼自体は来る。
貧乏と言うほどではないものの収入に津波レベルの高低差があるから闇に染まるのも時間の問題だろう。自分でもそう思う。
その点民間の企業にいたり資格持ちで、通常のサラリーマンをしているタイプは毎月決まった収入があるから羨ましい。
だが一部の例外を除いて魔導師という資格は血と汗の結晶というよりも、血涙と血尿の結晶みたいなところがある。企業で事務や営業をしているひとは何を考えているのだろうといつも思う。
この資格があったら就職活動に便利だから~でとれるような資格ではないはずだ。
そもそも普通の会社員が、セールスやプレゼンにちょっとした幻術をプロジェクターの代わりに使って経費削減にするのはまだ理解が及ぶとして、いつどこで村一つ焦土にできるような魔法を使うと言うのか。
会社の側もそんな危険人物を採用しないだろうに。
「……さみしい」
イルマはこのビルに一人住んでいる。かつては師であった魔法使いの家で、事務所で、イルマも同居していたのだが師匠は三年前に病没した。享年推定で35歳。
彼も頑張ったほうだろう、7つだったイルマを押しつけられた時すでに余命一年の宣告を受けていたとのちに聞く。
「うう……ししょー」
気付くとクローゼットにしまい込んでいたはずの師匠の衣服を取り出しては顔を埋めてクンカクンカしている今日この頃だ。
捨てようと思うもののいつも気付いたら服が駄目にならないように手入れをしては定位置にしまい、自分の服よりずっと大事にしていた。薬と病室のようなかすかに甘い香り。これさえ嗅げばまたしばらく頑張れる。
「あー。いいにおいー……」
ドアが外から開いたのは、その憩いの時間の中のことだった。
「すいません、あの……!?」
世界が終った。