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このシリーズは、文字数にばらつきがあるのもひとつの特徴です。のんびり構えててください。
そしてXデー、うまくいくか少し心配だったが、少女は簡単に彼の誘いに乗った。よく考えてみれば赤鬼の顔は母親譲りで美しかったし、優しそうな笑みを浮かべることもできた。
ただ呆れるほどの少女の知能のなさは、障害などというわけではないのだろう。その場のノリと雰囲気に合わせて生きていくだけの浮草なのだから、当たり前だ。
それもまた、知性。
「あれ、何それ?ストラップ?」
そう聞いて、彼女はまたあの耳障りな笑い声を立てた。殺意が沸騰する――まだだ。まだ殺るな。もう少しで目的地に着く。それからだ。
「うん、ちょっと渋いでしょ。僕、もうちょっとくらい大人っぽくなれないかと思って」
あふふふふかわいいー。一人称をうっかり変える演技の練習もしたとはいえ、また奇麗に決まったものだ。いっそ怖いくらい。
押し殺していても異常に腹の立つ笑い声だが、そうだ、もう今日から聴かなくてもよくなる。もう少し耐えろ。耐えるんだ。
今、彼女は有名人の意外な一面に触れたので動揺がある。好ましいほうへのものだ。あわせて、顔、声。パッと見て筋肉質とは思えない体の線。無害に見えるだろう。うまく誘導しさえすれば、簡単に目的を遂げることができる。
彼女がストラップだと思ったのは、あの飴色の髪飾りだ。……髪飾り?どうしてそれがカバンについているのだろう。確か、なくすのが嫌だからベッドの宮に置いていたはずだが、いつカバンにつけたのだろう。
まあいい。それを考えるのは後だ。慎重に、慎重に。廃工場に連れ込む。そっと頭を捕まえた。
「え?なあに?」
何って、決まってるだろ?赤鬼がそう言ったか言わないかで、少女の頸椎から何かが砕ける音がした。痙攣を始める身体をぽいと突き放す。
ごとっと重い音がした。首が異常な角度に曲がっている。手足はてんでばらばらな方向に向けられて、痙攣も相まって水揚げされた小魚のようだ。
どうして、とその顔は言っていた。赤鬼はただ笑う。あの我慢ならない顔が苦しそうに歪んで、青紫色に変わっていく。いつでも笑っているような顔だが、死ぬ時も似たような顔なんだな。
結局なんで髪飾りがカバンについていたのだっけ?死体を処理したら考えようっと。
ああ、やっと静かになった。ひょいと抱えて奥に持っていく。ぐでんと頭が垂れ下がった。重たいのだ。脳は人の体重の……何パーセントだっけ?けっこうあった気がするけど、よく覚えていない。気にすることでもない。
ベルトコンベアーに死体を置いた。コンクリートを作る機械が放置されていたのを、利用する。多少の故障があったからそこは修理して、コンクリートの材料も部屋の隅に積んだまま置いてある。
大変なことになって潰れた中小企業が持っていた工場だ。このためだけにじっくり調べたから知っている。
ここまで来て、赤鬼は改めて死体の顔をじっと見た。顔が短いタイプの草食動物を思わせる顔立ちだ。頬に肉がたっぷりついていて、首から下も肉がついている。
青紫になった顔には死相とでもいうようなものが現れていて、生前より静かな印象を受ける。こちらの方がよっぽど人間らしいと思う。見開いた眼の瞳孔は開ききって、眺めると溺れそうな深海にも見える。
――好きなんじゃない?恋しちゃってるんじゃない?
ラスプーチンの声が耳によみがえった。もしかしたらそうなのかもしれない、とこれは二度目である。ラスプーチンのことは魔導師として、人間として尊敬していないわけではない。
目を合わせてこなくて、愛しても認めてもくれないけれど、少なくとも他の人間と違って、憎悪を感じない。絶対に彼を攻撃することはない。赤鬼が一番信頼していた人間を挙げるならそれはラスプーチンになるだろう。
すぐにコンクリートに混ぜてしまうつもりだったが、赤鬼は試みる気持ちになって、そっと死体に覆い被さった。