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たまには自分のヘイトで小説書いてみるのもいいかもしれないですね。
「大丈夫か?クマができてるぞ」
心にもないことを。死ね、死んでしまえ、そう思ってるんだろう。本当のことを言ったらどうだ……担任の気遣いも、もはや素直に受け取れなくなっていた。誰も彼もが自分のことを軽蔑し、嘲笑していると感じた。
「あ……ちょっと、最近寝付けなくて」
「そうか。人間は10時から2時の間に寝るといいって聞くぞ。……あまり酷かったら、病院に行けよ」
赤鬼は笑うだけで返事をしなかった。お前なんか精神病院にぶち込むべきだったんだ。そう聞こえた。耳の奥では笑い声が響いている。
頭の中に妖精がいて、目玉をほじくられているようだ。頭がガンガンする。昼食も夕飯もろくに喉を通らなかった。ただでさえ退屈な授業にはほとんど集中できなかった。社宅に向けて歩く。一足一足の揺れが頭痛に変換されて脳を蝕む。
とうとうあの少女の顔面が視界にちらつくようになった。膨らんだ鼻はコアラかバクに似ていて、肉付きのいい丸顔の少女だ。黒目がちで、二重瞼。豚の目の外観に似ていた。頬にはニキビがいっぱい出ている。
警察に持ち込んだら似顔絵が描けること間違いなし。
「人の顔が目の前にちらつく?」ラスプーチンはちょっといやらしい笑みを浮かべた。赤鬼の子供らしい一面を見たので安堵したのだ。「好きなんじゃない?恋しちゃってるんじゃない?」
「あれに」
赤鬼は心底驚いた。嫌悪を向けることはあっても、愛情は向けたことがないのだ。
「あれ、って。言い方ってものがあるでしょ。……人を好きになるってね、一筋縄じゃいかないことなんだよ?だって恋したこと、ある?」
首を横に振った。だったらそうなんじゃない、と言われる。そんなわけはない。すぐに否定したが、心の内にはまだ迷いがわだかまっていた。
誰のことも好きになったことがない。然り。恋をしたことがない。然り。だとすれば、このどす黒い気持ちが恋という感情なのかもしれない。いやまさか。この感情を言い表すなら、憎悪か怨嗟だ。
笑い声は日に日に酷くなっていった。もう一睡もかなわない。食欲どころか、吐き気すらする。食べたほうがいいのではないか、そう考えて塩サバ定食を胃に押し込んで、とうとう彼は嘔吐した。体は異常な剛健さを誇っていたが、精神の方はたかが人間である。吐き気と頭痛がどこまでも追いかけてくる。
神に祈るか、誰かに助けを求めるかしそうなものだが、赤鬼にはできなかった。神に祈る意味がまるで分からない。助けを求めるべき誰かを信じられない。そもそも思いつきもしなかった。
むしろ彼が誰よりも彼の破滅を望んでいた。彼が破滅しろと願う彼は例えば表舞台で微笑を投げかける超新星であった。どうしても自分だとは思えない虚像だった。
彼が破滅しろと願う彼は例えば一人で静かな部屋にいて誰からも関心を向けられず、ただ腐っているガラクタだった。受け入れがたい現実だった。
きらめきを空から引きずり落としたいと思った。
かろうじて動く死体など消えてしまえばよいと思った。
彼の中で、彼が彼を互いに邪魔だと思い、消したいと思った。
「おい、赤鬼」
彼は彼自身に言った。彼もまたその不毛さを知っていた。
「馬鹿なことを考えるなよ……足して二で割ればちょうどじゃないか。何も悲観するようなことはないんだ。そうだろう?それよりも、もっと近い問題をどうにかしようじゃないか」
近い問題。近い問題、と繰り返しながら赤鬼は無意識に手の中であの飴色の髪飾りを弄んでいた。少し頭が軽くなったような気がした。飴色の表面に不機嫌そうな少年の顔が映る。目障りだ。こっちを見るな。
服を脱ぎ捨てて、全裸でベッドに入る。これもただの習慣。何の意味も持たない習慣でしかない。
脳内では今も、冒涜的でいとわしい笑い声が、手を叩く音とともに鳴り響いている。ぐしゃぐしゃ髪を掻きまわした。どうにかしてこれを消せないものか。消具はなしの方向で。すぐに足がつく。痛い。耳が痛い。共振する頭蓋が痛い。
不意に彼はあっと声を上げた。笑い声に我慢が出来なくなって、自分の声でそれを打ち消そうとしたのではない。解決策を思い付いたのだ。とても素敵な思い付きだと、細かな計画を考え始めた。その間も、笑い声はずっと耳元に響いていた。
飴色のガラスに映った少年は、どんな顔をしていただろうか。