13
13といえば鎌を持ったあれですよね。いえ、まったく話とは関係ございませんが。
表舞台にいるときはいるときで、心の中は黒く濁った。群衆に微笑みかけながら、ああ明日からまた同じことを繰り返すのだと思った。外国の要人と話しながら、ずっとこのままならいいのにと思った。
吐きそうだった。気分だけ。これでわかりやすく体調を崩せたらよかったのに、やっぱり赤鬼の体は驚くほど頑強にできていて、ストレスによる不調を許さなかった。ただ精神だけが壊れて行った。
笑い声が耳障りで、授業は意味を持たない反復で、たまに言い寄る女がいて、でもそいつは顔と地位が欲しいだけで。本当は彼女たちは心から赤鬼を愛したかもしれない。だが、彼には期待すら抱けなかった。だから女に興味を示さなかった。男にも。
「あふぁ!あひゃひゃはふぁ!あひゃはひゃひゃひゃひゃ!」
相変わらず知性の感じられない、神経を逆撫でする少女の笑い。ギリギリと歯噛みする。歯が欠けた。口の中が血の味でいっぱいになる。回復魔法回復魔法。
意味のない反復である授業も遮られるとイライラするのだ。ああ、何で笑いながら手を叩く。パンパンパンパン、チンパンジーか何かか、貴様は。授業中に何が面白かったんだ。
でも三年なのだ。中学生活なんて。もうあと三年耐えれば終わりだ。大丈夫、まだだ、まだ耐えられる。部屋に戻れば怖いくらいの静寂が、
ひゃはふぁ!あひゃはひゃひゃ!パンパン!パンパンパン!あふぁひゃはひゃひゃ!うっそぉ!パンパンパンパンパンパン!ぎぇははははっははっはひゃははっはひゃひゃはははは!
「うるせええええええええ!」
静寂が待っていなかった。思わず絶叫したが、依然、部屋はしんとしている。何も変わったところはない。
脅されるように見回した。左は壁。正面に木のそのままの色、ナチュラルとか言うのだったか、そんな色の机。ノートパソコンが閉じて置かれているほか、鉛筆立てにシャーペンやボールペンが刺さっている。
机と椅子。床はフローリングだが特に何も敷いていない。そっと後ろを向くと頑丈そうな扉がある。その下、一辺50センチくらいの正方形には床がなくてコンクリ打ちっぱなしの土間だ。
今立っている横には無造作にブーツが一足。倒れないようにブーツキーパーで立てている。
扉からさらに視線を右へ。角を回るとカレンダーがあった。今日は7月の17日。その上にエアコン。暑いからフル稼働だ。次にクローゼット。凝った意匠は特にない。下着やら制服やら、色々入っている。
あまり広い部屋ではない。あっという間にベッドだ。枕元に宮が付いている以外は特徴のないパイプベッド。鈍い光沢。宮の上に目覚まし時計と髪飾りが光を反射している。老女がドロップしたあの髪飾り。こんなところに置いたっけ?
振り向いたら窓がある。遮光カーテンがほとんどを覆っているけれど、隙間からうっとうしいくらい燦々と陽の光が差し込んでいた。西向きだから仕方ない。
何も音を発生させるようなものはない。おかしいな、あんなにうるさかったのに……。荒い息をしながらローファーを脱ぎ捨てて、フローリングに上がる。
振り向いてかがむ。母に気に入られようとして始めた、靴をそろえる変な癖が抜けない。フローリングが冷たい。足の裏から冷えが昇ってくる。体温が床板に吸い取られていく。やはり気のせいだろうか。
それよりさっきの絶叫。聞かれてないといいな。恥ずかしい、から。
――でも、たとえ俺の気が狂っても、誰も気にしないだろうな。
あひゃはひゃはははっはあひゃふぁひゃひゃ!ひひゃふぁひゃは!パン!パンパンパン!あはひゃあは!はーははふぁふぁふぁふぁははひゃ!はあはははあふぁふぁふぁふぁ!パンパンパンパン!あはははひゃひゃははははふぁーひゃはあっははははは!あひゃふぁははは!
ひゃあははっ!パンパンパン!ははあははひゃひゃひゃひゃひゃ!ありえなーい!マジありえないんだけど!ふぁひゃひゃふぁひゃははは!
「うああああああああっ!!黙れええええ!」
たとえ、という仮定は無意味だった。なぜなら彼はもうほとんど発狂していたから。赤鬼の睡眠は、浅く、短くなっていった。
起きているときも、寝ているときも、いつでも耳の奥にあの耳障りな哄笑と手を叩く音が聞こえるのだ。学校に行くと今度はオリジナルが聴ける。