12
ファンタジーさんはそろそろ復活します。乞うご期待!
事情聴取やらなんやらで、赤鬼は翌日の午後になってやっと戻ってきた。結論から言うと少年法が守ってくれた。玄関の鍵を開けて、中へ。署で聞いたラスプーチンの言葉を思い出す。
「お母さんからね、君をこっちで預かってくれないかって」
ちらちらとこちらの顔色を窺うように視線をよこしながら、しかし決して目を見ようとはしない。いつもこうだ。
「あ、学校は変わらないよ。前より遠くなっちゃうけど……ちょっとだから。だからさ、荷物をまとめてきて」
はっきりと命令の意味を含んでいた。淡々と返事をして、今に至る。
荷物をまとめないと。赤鬼の部屋はフローリングに直接せんべい布団が敷かれた6畳くらいの空間だ。母親のおさがりと思しき古びた上に女の子向けの学習机が放り出されている。
母親の部屋から勝手にとってきたカバンに下着やら制服やら教科書を詰めた。他に持っていかなければならないものは……特にない。あのヘアクリップは服の内側に留めてある。忘れるわけがない。
結局のところ、彼の目を見てくれたのはあの老女だけだったわけだ。それが愛情だったかどうかはわからないが、彼女はもういない。
「表彰状……持って行った方がいいかな」
一応くれたものだし、と周囲を探す。なかなか見つからない。キッチンは魚料理ばかりだから独特の生臭さが鼻につく。
換気扇もろくに掃除されていないから回すと家の真上にヘリコプターでもホバリングしているのかと思う音がした。懐かしい、ちょっとだけ。
探し物はあった。すえたにおいの生ごみと一緒に。魔法を駆使すれば元の状態に戻すことなど造作もないが、赤鬼は顔をしかめてそれを元通りゴミ箱に突っ込んだ。
もうただの紙切れでしかなかった。何も変わらない。表彰など何の意味があっただろう?依然、誰からも認められず、ガラクタのように死んでないから生きている。そんな人間はゴミでしかない。ゴミだ。ハゲてしまえ。
公務員の魔導師用に設けられた社宅のようなものでの生活は、むしろ彼を追いつめた。
静かすぎる。彼の両隣は空き部屋だから、遮音設計になっているから、仕方のないことだ。そればかりか毎朝学校へ行く時も誰ともすれ違わない。人に会わないのだ。
朝食と夕食は共同の食堂で食べていたが、そこでもめったに人を見ない。いないはずもないが、理由に彼は思い当たったし、仕方のないことだとも感じていた。
彼は詠唱なしで消具を使える。下手に関わって消されるのは、誰だって嫌なのだ。代償か何かのように、部屋には本が満ち溢れている。
学校でも遠巻きにされるようになり始めた。元々浮いているほうだったが、最近ではそれが顕著である。原因はわかっている。
周囲は赤鬼を取り込もうとしてくれるけれど、赤鬼はどうしたらいいのかわからないから一切の反応を返せないのだ。反応のない相手に割くほど時間は無限ではない。
一方で魔導師として何かをすると終業式やその他の集会で褒めちぎられ、表彰される。教師には好かれるようになり始めた。参観日などでやってきた級友の親には写真撮影を求められたりサインを求められたり、まるで芸能人の扱いである。
しかしそのことは彼を彼からますます剥離させた。一方ではほめたたえられ、一方では関心を向けられもしない。認められたいという目標は達したように見えたし、客観的に見れば達していた。だが彼の人格は穏やかに剥離を始めた。
――誰からも称賛され敬愛され、嫉妬すら向けられる少年が、どうしてこの俺であろうか?
きらびやかな表舞台から一歩引いて、プライベートという名の汚泥に沈んでしまえば、今までと何も変わらない。認められないまま、愛されないままで背景の木か何かになっている。
ある時、彼は部屋とともに与えられた大量の本を焼却炉に棄てた。まだ読んでいない本もたくさんあった。赤鬼は知識を得ることを愛したし、現実よりずっと楽しい空想の中に遊んでいることも好んだ。だが、もうたくさんだと思ったのだ。
得た知識ではしごを作ったら醜悪な景色しか見えなかった。そこまでは言わない。だが、自分が愛されていないだなんて、気づきたくなかった。知りたくなかった。理解したくなかった。
でも仕方がないではないか。無駄に優秀な頭は勝手に本の中の世界と現実を比較して違いをはじき出すのだ。馬鹿だったらよかった。度し難い愚か者ならどれほどよかったか。
愛情や自己承認の欲求は、一種の自己満足だから自分が愛されているとか認められているとか、思い込んでいられたらよいのだろうけれど、もう思い込むこともできない。
せめてこっちを見て、笑いかけてくれればそれで足りるのだが、そうもいかない。自分で自分を好きになれないのだから、そんな奴を相手が好くはずもない。わかりきったことじゃないか。
貴種流離譚って昔からある伝統芸だと思うの。