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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
レッドオーガ
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07

 夢のある話っていいですよね。底辺が成り上がるやつとか。たとえそれが悪夢でも。

 母の住処は一軒家だった。日中は母は仕事、赤鬼は学校で誰もいない。

 夜には見るたびに別人になる母の恋人が訪れた。幻想的な意味合いはない。ただ本当に、別人だっただけである。たまに三日続けて同じ男が来ることもあったが、四日はなかった。しかし一二か月前に来た男が空白をはさんでまたやってくるということもあった。

 この男は――男たちは、身なりや挙動に多少の違いはあれど、赤鬼を邪魔者扱いすることが多かった。それどころか半分くらいは彼を殴った。ガレージに閉じ込めたこともあった。

 サバンナにいるというライオンの子殺しと同じである。もしくは女の愛を自分一人に向けさせようとするのか。

 だとしたらお門違いだった。赤鬼本人が見ないふりをしているだけで、赤鬼が母に愛されたことなど一度もなかったから。

 赤鬼の食事はほとんど青魚だった。DHAとかいうたんぱく質がいいらしい。冷蔵庫の青魚を自分で焼いて、冷めた白米と一緒に食べる。朝食も昼食もずっとそうだ。

 レシピ本を読めば作り方は書かれているから、それに従って料理をする。学校の給食は魚以外もあるのでまあまあ新鮮だった。

 学校生活は失敗以外何者でもなかった。体に染みついた因習とは恐ろしいもので、自己紹介をしろと言われて反射的に赤鬼と答えてしまったのだ。失笑と軽蔑の雨。そもそもいくら子供同士でも簡単になじめるわけがない。

 次に赤鬼は遊びに誘われたことがないから、ひとつもルールを知らなかった。参加の仕方も分からなかった。ただ成績は良かった。がり勉と揶揄されても仕方ない。机が死ねで埋まっても仕方がない。仕方のないことなのだ。

 勉強するよう母に指示されたから、一握りの意地が逃走を許さなかったから、彼はそれでも毎日学校へ通った。足は重いし胃は痛むが辛抱強く。足が進まなくて遅刻しそうなら家を出る時間を早くして。

 午後四時に学校が終われば塾通いだ。一週間のうち、学校は五日。うち、塾へは五日通う。帰るころにはもう日が沈んでいた。

 土日だって何もないわけではない。土曜日の午前中には脳にいいとかで、ピアノを習った。毎日変わり映えしないクラシックばかり弾かされる。午後は体術。日曜日は一日中、魔法。といっても「本をやるから適当にやっとけ」というとってもわかりやすい授業である。

 少年が送るには無理のある日常生活だった。だが文句も言わずにこの生活を続けた。まっとうな人間になるために。さすがに倒れるかと思った。残念ながら倒れるには彼の体は丈夫にできすぎていた。

 趣味もなかったから時間は有意義に過ぎて行った。一切の娯楽を置き去りにして。

 自由のない生活だ。でも自由って何?

 愛のない毎日だ。じゃあ愛って何?

 友達が欲しい。で、友達って何?

 こんな調子だから考えることなんてもうやめた。そんなことはまっとうな人間になってからの話である。人間以前の自分などにそんな権利はない。必要もない。ただ、前へ進め。認められるまで。

 魔力を一点に集中させて、放つ。杖は与えられていない。杖代わりに使われる手のひらは傷だらけだった。皮膚が裂け、爪が割れ、骨が砕け、肉が爆ぜる。傷ができるごとに、ああこれで治癒魔法の練習ができる、と不思議に安堵した。

 自分は努力しているのだ、とも。だからきっと今日は何か声をかけてくれるはずだ――何度もやるうちに傷は残らなくなってゆく。白いすべすべした手指はそれらの惨禍をどこかへ消し去ってなお残った。

 愛されたい。認められたい。受け入れてください。誰かに認めてほしい。せめてまっすぐにこの目を見て声をかけて。それだけでいいから。信念というよりは執念を胸に、女の嬌声と床の軋みを遠くに聞きながら眠る。

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