06
終始徹底した鬱が書けていれば幸いです。
ラスプーチンが赤鬼と再会するのはわずか二年半後のことだった。
魔導師の資格を取るための試験をほんの暇つぶしに覗いてみたのである。
全世界大魔導協会は変なところにこだわっていて、部外者には決して何人が受けるか、誰が受けるかという情報は流さない。だが個人情報の管理が厳しいわけではない。
会場は大々的に宣伝されているから、部外者が入ってきて観戦することくらいできる。
今回は近所の市民体育館だった。
「今回はいまいち、か」
惰性で見守っていた審査員の前に、もう何十人目かになる受験生が押し出される。いい加減見飽きた眺めだが、ラスプーチンの目はくぎ付けになった。
幼い。十にもまだ足りないのではないだろうか、小さな少年である。癖の強い、硬そうな金髪。嫌な予感がした。予感というより確信だ。
彼の実技試験が終わると同時に、ラスプーチンは表へ出た。目を刺すような強烈な日光とアスファルトから立ち上る陽炎。湿気のひどいうだるような暑さ。耳を壊しそうなくらいのセミの鳴き声。耐えた。
しばらくして出て来た赤鬼に、できるだけ平静、偶然を装って、彼の本名で呼びかける。
「?……あ、ラスプーチンさん」呼ばれたのが自分の名前だったことにやっと気づいたようだ。気づくまでに23歩。聡明さをうかがわせる容貌は前に見たより大人びていた。「お久しぶりです」
だが、幼すぎる。
300年のうち200年近くをほとんど姿を変えずに生きているラスプーチンには人の『見合う』年齢を見積もる能力があまりなかったが、魔導師になるには必要な資格が多すぎる。これで目の前に現れたのが16,7になった赤鬼なら話は分かる。
だが今ここにいるのは好意的に見積もって10歳の子供だ。
そもそも二年半で何をどう誤魔化したら大学教諭並みの学力を身に着けられるのか想像もつかない。考えていただきたい、何のとは言わないけどビリギャルだって偏差値を上げたのは英語だけでしかも中学までの勉強が頭にしっかり入っていたのである。
「あなただって子供じゃないですか」
「そうだけど……何歳になったの?」
「9歳です。たぶん」
ホントに十にも満たなかった。声変わりのまだ始まっていない高い声で、どうして中で声をかけなかったのかといったことを尋ねてきた。気づかれていたらしい。気配を消したりしていなかったとはいえ、どういう感覚をしているのか。軽く笑って受け流した。
本当はとても話しかけられなかったのだ。
「魔術師の試験はいつ受けたんだい?」
「半年前です。まだ働けないような子供だったら、十二支の束縛がないので」
杖も持たずにやってきた彼は失笑すら漏らす審査員の前で、えいっと一声、刃の雨を具現化して見せたのだ。ひとつひとつ、造形は酷くいびつで鋭利とも言えなかったが、それは確かに彼が血を引いているであろう王の姿と重なった。
さらに、具現化した刃の雨に消具を放った。一緒に審査員のかつらも消具されてしまった。会場の温度が異常な冷え込みを見せたがこればっかりは不幸な事故である。
「あれ、誰かに習ったのかい?お母さんとか」
「いいえ。母は魔法使いではありません」
「じゃあ独学?すごいじゃん。ね、ちょっとおいしいケーキ屋さんがあるんだ。奢らせてよ」
赤鬼は首を振った。「ごめんなさい、このあと塾があるんです」
「そうかい、残念だなあ」
甲種合格だった。思えば当たり前のことだが、苦々しく思った。背中が見えなくなってから小さく繰り返してみる。
このあと塾があるんです――。