01
この章はしばらく回想編です。前の章が切り悪く終わったけど気にしない気にしない。
それは、身体的特徴から赤鬼と呼ばれていた。
肌は白いのだが、プールになど入ると彼の白い肌は夏の日差しに耐えず、すぐ真っ赤になってしまう。さらに目つきが悪い。そこへ癖の強い金髪と来たのでは、もう昔話に出てくる赤鬼そのものだった。
本当の名前は、施設に受け取られたときに適当についたものがあったはずだが、誰もそれで呼ばなかった。赤鬼。ある種オフィシャルの呼び名だった。
だから彼の中で彼自身のことを表す単語も、基本的には赤鬼だった。本名は自分でもあいまいになっていた。
彼と同年代の子供たちは、彼をからかい、蔑み、時に暴力を振るった。赤鬼は怒りもせず、泣きもせずただ身を縮めて耐えていた。滅多に泣かない大人びた少年だった。それが逆に神経を逆撫でするのだろう、苛めは緩やかにエスカレートしていった。
それでも彼は助けを求めることすらしなかった。絶望して身動きが取れなくなったのではない。助けを求める相手がどこにもいなかったのだ。ただ時々、消えてしまいたいと思った。
赤鬼はへその緒も繋がったまま、駅で発見された。ゴミ箱に突っ込まれていたのだ。駅員が微かな泣き声を聞きつけたそうである。
運がいいというか悪いというか。母親はどういう人物だったのかわからない。「いない」というのが彼の認識だった。
いないものに、何の期待をすることがあろうか?
この時点でそこまで考えていたかどうかは、今となっては知りようもない。しかし、親から施設に預けられている他の子どもたちが喧嘩をしたりして片方が怪我をすると、必ず怪我をした方の親が施設に文句を言いに来るのは知っていたから、自分に後ろ盾がないことは理解していただろう。
6歳くらいになると、他の少年数人と相部屋になった。サンドバッグ以外の何者でもなかったが赤鬼の反応はいつでも虚無だ。
施設の近くの小学校で教育を一通り受けていた。これもまたできるほうだったから疎まれた。生徒の9割が施設とは関係ないのだが、どこでも人間の考えることは同じらしい。教科書の消失からノートの落書きまでは日常茶飯事だった。
教師にも味方はいない。特に、担任だった猫背の男は、元気があって愚かな子供らしい子供が好物で、赤鬼のような「らしからぬ振る舞い」をするものは目の敵にしていた。面と向かって、お前を見ていると腹が立つと言われた。
こいつは親がその場にいても同じことを言うだろうから別物だが、親がいない時点で赤鬼は考える必要がないとみなしていた。
本は読む方だった。借りるとどうなるかくらいは予想しているから、休み時間は図書室にこもっていた。埃っぽいような、古い紙とインクの匂いが肺の中をセピアに満たすと現実は忘れられる。
施設への帰り道では石を投げつけられた。後ろの方で女の子たちが笑いさざめく。彼女らも何かれっきとした理由があってそうしているわけではないのだろう。
あえて言うならノリと雰囲気だ。彼女らはその二つでこれからの人生を渡ってゆくだろう。生きるに値せぬ愚か者が生きてゆくくらいには、この国の社会保障は発展している。
施設に戻ると今度は身に覚えのないことで叱られる。おそらく別の誰かが――例えば柱の陰でくすくす笑っている彼なんかが、濡れ衣を着せているのだろうけれど、口答えなどしようものなら罰が酷くなるから黙っている。
それに性根は善良とは言えなかった。叱られることくらい、たとい自由に行動していたとしてもあっただろう。
「鳥籠の刑だ、いいな」
頷く。是非もなし、拒否権はない。鳥籠の刑は体罰の一種だが、前時代のように鞭で叩くと傷が残るので、直接殴りはしない。
掃除用具などが入っている細長いロッカーに似たものを用意する。それを天井から吊る。中に罪人が入って、ふたを閉める。中から開かないようロープを巻き付ける。確かに鳥籠のような状態になる。なったところで、これを金属バットでひたすら殴る。
しばらく揺れたり音がしたり背中のあたりが痺れたりするだけだ。精神的なダメージを狙って考えてあるのだろうが、今更赤鬼には響かない。
最初は恐怖で泣き叫んだが慣れてしまえばどうということはない。刑が終わればさっさと夕食を摂って、眠るだけだ。
だが、この日は勝手が違った。