DOGEZA
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「もっと従順になってください!お願いします!」
地獄では鬼が亡者に土下座するという前代未聞の出来事が起きていた。そんなこと言われてもなあ、といわんばかりの困惑の表情で亡者はそれを眺めている。
何も言わないのは肺が燃えているからだろう。
「このままあなたが更生せず転生もしなかったら私、ノルマ不達成で首になるんです!お願いします!何でもしますから!」
「……社畜か」
呆れきって亡者がそう言った。これでは従順なのが亡者ではなく鬼だ。
「社畜だ!何が悪い!」
ジールはがばあっと立ち上がった。こうなったら開き直る。
「ときに、相変わらずデコイを盛っているのだな。触れると消えるのに」
「ほっといてください!着膨れするタイプなんですよ!」
「はて……どうして胸元だけが着膨れするのだろうか。ま、そういうことにしておいてやるか。議論するだけ不毛だ。しかし、だとすれば着やせするタイプとしては羨ましい限りだ」
ぺすぺすと自分の服に着いた灰を叩く。火はどうやら喋るのに邪魔だからバリアで防がれているらしい。地獄の業火を遮る結界て。地獄の業火もプライドはないのだろうか。
「ミラージュコロイド常時発動も辛いものがあるぞ。ちょっとしか体重は落ちてないのに久々に会う友人に『こんなにやつれて……!』とか町中のスクランブル交差点とかで泣かれるから、もう」
「み、みらーじゅ?お弟子さんの技か何かですか?」
知らんのか。亡者はどことなく寂しそうにため息をついた。
「久々に行ったレンタルビデオ屋で懐かしいアニメの円盤が安かったから借りて帰ったら弟子が俺のいない間に見ていた」
「ああ、アニメの用語でしたか」
「思えばあの日からだ……あいつが攻めとか受けとか誘い受けとか薔薇の花とか口走るようになったのはな。梅雨時は……何かと、腐りやすい」
「………ご愁傷様です」
ぱちぱちごうごうと炎が燃える音だけがしている。かなり壮絶な晩年を送ったらしい。そういえば変態仮面ともおいかけっこをしていた。
「ところで、何でもとはたとえば何をするつもりだ?」
「え?何でもは、何でも……はっ」そこでジールは亡者の言わんとするところを理解した。遅い。
「さ、さては私に破廉恥な命令をするつもりですね!猥褻本みたいに!」
「誤解を招きそうだから先回って言っておくと何でもするとか言い出したのはお前自身だ。考えもなしに。それに……」
「うっ……それに?」
亡者はどこか遠い目をして長いため息をついた。
「……俺はただ貧乳で男顔、ちょっと盛ってるだけならともかく不注意とアホとズボラは好みじゃない」
「すいませんねえ!ちっぱいで!」
「そうやってコンプレックスに異常に執着する奴も性別年齢関係なく人間ソーセージにしたいくらい嫌いだ」
「わかった!この世にBカップ以上の胸が存在するからいけないんだ!」
「おい黙れよ手足もいで芋虫にするぞルサンチマンの塊が」
結局、本日の鬼が稼いだのはヘイトだけだった。発言は変わらず猟奇的。従順など望むべくもない。
「………ソーセージより芋虫のほうが、いくらかマシですかね……?」
「なぜお前には『俺から逃げる』『殺られる前に殺る』もしくは『発言を控える』の選択肢が存在しないんだ?殺すなら殺された方がマシだと思ってるのか?自然のままにのタイプなのか?生きることに絶望でも覚えたのか?」
「仕事だから逃げられないし、亡者って死んでも蘇るじゃないですか。」
なお発言は不注意・アホ・ズボラの三拍子がそろったジールさんには無茶ぶりだった模様。それはそうだなと納得する亡者だった。今も焼かれていた彼はもはやリビングデッドの鑑である。
「ソーセージにされても芋虫になっても、劣等感を覚えるものは覚えるんですよお」
「じゃ伝統的な価値を背負うだけのラクダは早く辞めて、ライオンにでもなってその価値と戦え。そしたら新しい価値を作って遊ぼうの子供になれ。……そうすればお前は超人だ。なんか誰かがそんなこと言ってた」
超人かあ。鬼なのにうっかり乗せられるところだった。
「そんなふわっとした謎の理論で組み伏せようとしないでくださいよ!なんか誰かがとかやる気あるんですか!?」
「まあ、そう言わず。文句など言うだけ不毛だ。多分それなりに大物だったような気もしないことはないと思うから。まあどうでもいいけど。要は神は死んだのだ」
「生きてますよお!女神様とか魔神様とか!他にもマイナーかつ崇拝する人間もほとんどいないけど!けっこう生きてますもん!」
殺さないでよおおと悶えるジールを見ている亡者は薄笑いを浮かべていた。おもしろすぎるのだ。これで退屈とはおさらばだと思う。
「ところで、俺は次はどこに行かされるんだ?」
「あなたに知る権利はありませんよ。ほら、キビキビ……あれ?ちょっと……燃えてくださいよ。ここの目玉はその炎なんですよ」
相変わらず結界が展開されていた。
「……対物理結界レベル2で防がれる地獄の目玉とは一体何だ?」
「そうですね、そもそもあなたみたいな伝説級の亡者が来ることも対物理結界を展開されることも考えられていないですからね。大体レベル2って何ですか。微妙過ぎて大した対策が取れないじゃないですか。生前チートと呼ばれてたんでしょ?レベル1で防いじゃってくださいよそのくらい」
「病気になる前の話だ。噂で人を判断するな」
あなたが言ってたんでしょうが。ジールは呆れて男の顔を覗き込んだ。藤色の双眸がいぶかしげに見返してくる。
「そんなこと言ったか?」
「言いましたよ。もっと自分の行いを見直してください。ここはそういう場所です」
亡者はごうごうと燃えながら腕を組んで考え込んだ。しかし焼かれているのでだんだんファイティングポーズみたいになっていく。そのたびに組み直す。どう見ても動く焼死体だった。
じっくり焼くこと三時間。
「……思い当たらん」再び結界を張って亡者が言った。「まるで。……駄目だ、思い出せない。思い出せない、といえば……」
「といえば、何ですか?」
わずか、亡者の口元に焦燥の色が走った。何かを言おうとするかのように息を吸い込んだ。
「……いや、何でもない。気のせいだ……きっと。もともと記憶力はいい方じゃないからな。どこかで喋ったんだろう、お前との付き合いもかれこれ2年目だ」
「ボケですか。大変ですね、若いのに。毛も薄いけど」
「病む前はフサフサだったんだ……ハゲじゃないフサのほうなんだ、本当は」
それだけ言って再び消し炭と化す。これ以上は喋りたくないらしい。
(言ってたけど、それは私じゃなくて賽の河原にいた女の子ですよ。私との付き合いも三年目だし)
なぜか、思うだけで声にはならなかった。鼻から息がふはー、とやる気無く抜ける。今日も報告書は笑顔で提出できそうにない。
相変わらず反省もしていないし後悔もなさそうだし、業績は悪化の一途をたどっている。まずい。これはまずい。『正しい報告書の書き方』個人上映会二度目は恥ずかしすぎる。
心境の変化は特になし。本日も苦しむどころか楽しんでいる模様。生来のものであるらしい物忘れの酷さが原因の一端かもしれない。
「まさか……だが、まだ様子を見なければ」
報告書を一読して、長官は頭を抱えた。しばらく悶々と考え、そしてもしかしたら今のは見間違いかも知れないと報告書を読む。やっぱり?該当箇所だけを二度見した。やっぱりだ。
この平穏な現代社会からこんなものが落ちてきていいのか?――いいわけがない。しかし。
長官は結局、様子見ということにして考えるのをやめた。
不祥事と一口に言ってもその重大さは多種多様。皆が大迷惑するようなものもあれば誰も損をしない可愛いものもあります。誰も損をしないなら、黙っていたいですよね。そしてそのまま時効が来てしまえばいい。ベネ、グレーゾーン。