謎がすべて解けるとき その1
久々の地獄ソロです。だ、誰だお前はー!
鬼と天使は魔法を使えない。それが常識だった。長いこと、魔法に頼らずやってきた。しかし当代の大天使が、それに異を唱える。
魔族や人間、小動物の霊魂でさえ魔力を持つのに、なぜ我々にはその機能が搭載されていないのだと。魂の構成要素自体は人間も鬼も天使も大して変わらない、強い魔力を持つ人間の魂を材料にすれば魔力のある鬼や天使が作れるのではないか。
どうせ地獄に留め置かれていて稼働していない魂もあれば、一度分解して作り直さないともう二度と転生できそうにない壊れた魂だってたまにあるのだ、実験的に作ってみようではないか、と。
主張自体は以前からされていたのだが、大天使の対となる鬼の上官がこのプロジェクトに旗を振ったのはごく最近だ。ただし鬼を一体のみ、それ以上は認めかねるとして。
さっそく設計図を起こして天帝装置が動き、俊敏さに長けたⅢ型をベースにして実に尖った性能の新鬼が作り出される。
魔法など教えられる者もいないから、材料になった人間の一人ぶんの人格と記憶をそのまま受け継がせた。コピー元の人間の容姿をできるだけ反映して、本人の感覚にズレが生まれないようにもした。
そのはずだった。
「……なんで二人も居やがる」
そう言ったきり何も言わない上官から、ニーチェは拗ねたような目をして顔を背けた。この前切ってやった金髪がふわふわ揺れる。青みがかった薄い影のもう一人は、怒りというよりは憐れみを込めてこちらを見ている。
「設計ミスだ、上官殿」
男はニーチェとほとんど同じ顔をしているが、角はない。もっと年も取っていて、30代半ばと見えた。
年相応に落ち着きのある声色。年の割にボリュームも色艶も失せた、傷んだ髪はニーチェのそれより長い。長い上着やマントを着込んだ胸のあたりまで垂れている。
「人間には人格が分裂する精神病がある……そして俺が副人格だ。知らなかったのか」
知ってた。二重人格者とかいるのは、知ってた。だが、あの時引き継がせた人格は一人分のはずだ。二人なわけがない。記憶だってそうだ、一人分だったはずだ。
思考がくるくると空回る。ジールはさっきから指折り何かを数えている。
「だから、一人のなかに0,5人が二人いた。数は合うだろう、ジール!」
最後の名前だけ声を大きくして言ったものだから呼ばれた当人は縮み上がった。
「はい!合ってます!」
「よろしい」
男の目は淡い藤色だが、ニーチェ本体と違い伏し目がちな上、まなじりが切れ上がっていて、ひどく鋭い印象を与える。上官も睨まれているのか、ただ眺められているだけなのか判断がつかない。
左側の髪のひと房に、飴色のパッとしない髪飾りがついていた。古臭いデザインの上着の裾はくるぶしまである。
杖こそ持っていないが、まるで魔導師。
「……ちょっと待て。その姿は、お前……影のお前が現世の実存の魔導師だっていうのか?」
男は否定も肯定もせず、ただゆっくりと瞬きをしている。ニーチェと比べて疲れを感じるしぐさだが、今の上官にはそれも目に入らない。
「じゃ何か、俺たちが欲しかった人格は上っ面のお前のほうで、なのに元の別な人格を主にコピーして、そもそも見当違いだってのに何か思ったのと違う気がするとか無駄に頭ひねりながら今日までやってきたってのか?」
うつむいたニーチェの顔は上官やジールからは見えなかった。ちらと視線をよこした魔導師だけが、嫉妬や憎悪、その他もろもろの負の感情を孕んだ両目に気づく。ひどく濁っていた。
「そうだがどうした」
魔導師は挑むように上官のほうへ一歩踏み出した。地球ができる頃に生まれた、最年長の鬼が気圧されて半歩下がる。
足音はない。おそらく人格を憑依させたホログラムのようなものなのだろう。生前の実存の記録にも、複雑な構造の実体を具現化するのは極めて苦手か不可能となっていた。その苦手をおして具現化できる限界がおそらく、これ。
「そ、そんな、あっさり肯定されても、そのな、」
「そうだがつお。」
張り詰めた緊張の糸が砕け散り燃え尽きる。おまけの爆風が首の筋肉に負荷を与えた。完全に滑った。滑ったのである。大滑落である。全く笑えない。
しかし魔導師の飛ばしたギャグで場の空気が緩んだことも確かである。おかげで上官は落ち着いてものを考えることができるようになった。
ジールはともかく。
「つまりエントロピーを凌駕すると……!」
ジールはともかく。
「……で、お前の言う通りならニーチェが主人格なんだろ?何で生きてたときはお前が表に出てたんだ?」
後の三人は有意義な議論のため、ジールの存在を無視することにした。
「そこがまたややこしいところなのだ。……おい、話せるか、殺人鬼」
魔導師に呼びかけられたニーチェは膝を抱えて小さくなっていた。いじめられっ子のポーズだ。すでに部屋の隅まで下がっているあたり芸が細かい。