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病み魔法使いの弟子  作者: ありんこ
つわものどもよ
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狂い桜は何度でも

 本編です。

 ドアが開いたのは昼過ぎのことだった。

 ユングの「らっしゃーい」という魚屋か何かみたいな掛け声にも反応を示さず、客はソファに腰を降ろした。何もかもわかっているイルマはコップに麦茶と氷を入れて出す。今日はカウンターを隔てない。

 男は和装だった。

 紫色の地に金銀で刺繍を施した衣に黒い革靴を足の甲まで隠す真っ赤な袴。その上からさらに表がサテン生地の分厚い陣羽織みたいなものを着ている。こちらにも豪奢な刺繍が入っており、事務所のLEDの明かりできらきらと輝いた。

 髪はまっすぐで、頭の後ろの少し高い位置で錦のような平たい紐で結って流している。毛先が肩に触れていた。

 驚いたことに色はいささかのムラもなくピンク色をしている。まさか地毛ではなかろうと思うが、染めた髪にありがちな傷みは全く見られない。つやつやと上質の絹のような光沢があるのだ。

 前髪は両家のお嬢様みたいに眉の少し上でまっすぐ切ってあった。眉もまつ毛も髪と同じピンク色をしている。極めつけに、背中にしょっていた巨大な刀をソファに立てかけている。

 まったくちぐはぐな格好をしているのだった。しかしそれがまったく道化にも見えない。

 ひそひそとユングがイルマの耳元に口を寄せた。

「……この警戒色のひと、誰です?」

「君、昨日会ったじゃん」

 何のことやらわからない、という顔をしてユングは少々無遠慮に男をまじまじと見た。こんな食べたら毒がありそうな知り合いはいない。男はにやりと口角を上げた。

『忘れちまったのかァ?つれねえな』

 男の声は昨日の老人と全く同じしわがれ声だった。今、何が起きたか部分的に理解した。昨日の老人が今日の若者か。つまり……どういうことだ?

 ぎゃあああああと身の毛のよだつような体験に身の毛のよだつような悲鳴を上げて飛び退る。イルマが顔をしかめて耳を押さえた。

 男はケタケタと笑っている。

『風呂に入ると印象が変わるってのァほんとだな』

『印象変わってるどころの騒ぎじゃないだろ!こんなことがあっていいもんか』ぐしぐしと涙目をこすりながらイルマのほうを向く。「こんなのってないですぅ!面白がって笑ってたんでしょ!昨日のあれは変装ですかッ僕をみんなではめたんですかッ!」

 首を左右に振った。面白いけどそんなことはしてない。面白いけど。面白いけどね。

「ほらその顔は絶対面白がってる!先生のバカ!痴女!鬼!ダムンビッチ!にゃんがつおぴい!」

「君は私と殺し合いをしたいと見えるね。正気かい?人生に悲観したのかい?精神病院でも紹介しようか?」

「SAN値は減ってるけどまだ正気です!」

「あ、そう。変装はしてないしはめてもいない、説明は最初にもしたよ。君が理解しなかっただけなんだから私たちに当たるのはお門違いってもんじゃないかい」

 正気云々は自己申告なので信用しない。さーて知り合いの精神科の先生に相談しよっと。いつなら空いてるかな?

「相手が理解してない時点でそれは説明とは呼びませんッ」

 むせぶように息をついで、赤くなった目元をこする。

「なんですかコレ!?なんで昨日の死にぞこないが今日の傾奇者なんですか!?こんなの、こんなの!スーパーナチュラルすぎてついていけませんよッ!」

「ロランさんはお風呂に入ると若返るんだよ。水分の関係で」

「説明になってません!依然としてスーパーナチュラルのままです!」

 恥も外聞もなくぎゃいぎゃいと騒ぐ助手を見ていたらだんだん心が穏やかになってきた。どんどん心が冷めていく。思いはわからないでもないが、どこまで説明したところでスーパーナチュラルに変わりはないので、そう言われてもなあという気分だ。

「何て言うかさあ……よくわかんないんだけど、君って君自身が理解してない事柄について何にも知らない私にわかるように説明できるのかい?」

「できませんね」即答だった。「でもそれとこれとは別です!本当はめんどくさいだけなんでしょ、先生」

 メッソウモナイ。棒読みになってしまったのを感じながらロランを見ると手がよれよれの煙草に伸びていた。べしっと手の甲を平手打ちする。

『ここ禁煙たからね』

『クソッタレの雌犬め』ボルキイの誇りたる剣士が、ボルキイの言語を研究する人が助走をつけて殴りそうな暴言を吐いて煙草を懐深くにねじ込む。『換気すりゃアおんなじだろうがよ、畜生』

『ちーがーいーまーすー』

 ゆっくりならまあまあきれいに発音できる。

『そーもーそーもー、煙草ゥーはー吸ってーるー本・人よーりー近くゥにーいる人おーに大きーな害・を及ぽーすのでーすー』

 できたのだが、ネイティブは耳をふさいで顔をしかめた。言語の法則が乱れるらしい。

『だぁあああっ!妙なとこで切るんじゃねえェ!聞き辛ェんだよ!』

『そりゃあ残念たね。私のこの美しい発音か聞けないなんてさ』

 時計を見た。そろそろエメトも来るはずなのだが、どうやら遅刻だ。ヤニチュウには屋上に出てもらって、ユングと駄弁りながらゆっくり待つことにしよう。

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